ロスト・クロニクル~前編~

「彼女が泣くよ」

「内緒にしておいてくれるかな?」

「昼飯」

「わかったよ」

 この学園で、エイルに勝てる者はまずいない。

 そのことをわかっているので素直に負けを認め、渋々ながら提案を呑む。

 それに、せっかく作った彼女。このようなことで別れたら、馬鹿らしい。

「じゃあ、Aランチで」

「げっ! 値段が」

「あれ? 最近、仕送りがあったんだろ?」

「な、何でそれを」

「噂で聞いた」

 エイルの発言に、相手は驚きを隠せないでいた。

 裏の情報網を持っているのか、それとも情報がひとりでに集まってくるのか――この場合は、後者が正しい。

 集まってくる生徒が、面白半分に噂を提供していく。

 つまり座っているだけで、学園中の噂を知ることができた。

「そういうことだから、宜しく」

「……わかったよ」

 満面の笑みを浮かべるエイル。

 メルダースの中で一番の要注意人物はラルフであるとされているが、本当はエイルだろう。

 可愛らしい笑みの裏側に隠された、腹黒い一面。

 その一部を見た者は、ただ頷くしかなかった。


◇◆◇◆◇◆


 その頃ラルフは、診療を行う為に保健室を訪れていた。

 熱が下がり動けるようになったのは、つい二日前のこと。

 それまで寝台に横になり、懸命に高熱と格闘していた。

 「殺しても死なない」や「不死身の男」と思われているラルフの病気に、学園中がどよめいたという。

 だがその訳を知った途端、一瞬にして生徒達の話題から消え去ってしまった。

 「フランソワーに噛まれた傷が影響して――」これだけでは、会話のネタにするだけの価値がないようだ。

 それよりも「エイルの書いていたレポートを食べてしまった」というネタが、評判だった。

 ラルフが主役として広まるネタは、多少のことでは大きく広まることはない。

 大半の生徒が話の耐性を持ち、高熱くらいでは面白いと思わなくなってしまった。

 よって、もっと大きな出来事が発生しないといけない。

 たとえば、学園に対して破壊活動を行ったというのが一番いい。

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