ロスト・クロニクル~前編~
しかしエイルの怒り方も、変わりつつあった。
ラルフが説教に慣れてしまったというのが主な原因で、これではいけないとジグレッドのように容赦ない説教をすることに切り替えた。
静養中に聞いた台詞の中で記憶に残っている言葉は「ラルフが即死しなかったのは、毒素が拒絶反応を起こした」という身も蓋もない台詞。
打たれ強いラルフが本気でへこんだことは、言うまでもない。
現にそう考えないと説明がつかない。
奇跡と言ってしまえばそれまでだが、後遺症もなく生きていられるのは「拒絶反応を起こした」ということだろう。
菌が拒絶する身体とは一体。
医療関係者がこのことを知ったら、研究の対象にしたいと言ってくることは間違いない。
「素直が一番ですかね?」
「逃げると余計後がきついわね」
「教頭、嫌だ!」
「いいかしら? 物事には、どうしても通過しなければいけないことがあるの。貴方の場合は、教頭からの説教でしょうね。逃げても構わないと思うけれど、ますます印象が悪くなるだけ。わかっているでしょ? あの方の恐ろしさは、身を持って知っていると思うわね」
真っ当な意見に、ラルフは返す言葉が見付からない。
逃げられるものなら最後まで逃げ続けたいが、相手があのジグレッド。
学園長でないだけ有難いと思わないといけないが、今まで逃げ切った人物がいるとは聞いたことがない。
と言って、相談できる友人は残念ながらいない。
そもそも、友人と呼べる存在は少ない。
やはり“珍獣”という名は伊達ではなく、周囲に集まる生徒は面白半分で来る者達。
一番の友人であるエイルに“親友”と呼べば怒られ、まさに踏んだり蹴ったり。
最悪の場合、拳が飛んでくることもしばしば。
また、時として拳が腹に入る。
「私が言いたいのは、それだけよ。後は、ゆっくりと静養しなさい。と言っても、貴方は魔法を専攻している生徒ではないから大丈夫ね。それに人一倍、肉体は丈夫。無理をしなければ、平気かしら」
「次は、いつ来ればいいですか?」
「一度、本格的な検査をした方がいいと思うわ。次の休みの時、お世話になった先生の所に行きなさい。完全に、菌が外に出たかわからないし。少しでも残っていたら、後で大変よ」
フランソワーに噛まれたその後、校医では手に負えないということで街の病院に運ばれた。
噛まれた箇所はどす黒く変色し、患部は膿を持つ始末。
急いで膿を取り出したお陰で、患部を切断せずに済んだ。
そして「症状の進行が遅く、とても珍しい」と、手術を終えた医師はラルフの図太さに驚いたという。