謝罪のプライド



「夜ヒマ? メシでもどう?」 

職場から近いので一人ではよく行くが、おばちゃんとの会話が恥ずかしいのであまり知り合いを連れて行くことはない『かつや』に、誰かを、しかも女を連れて行こうだなんて思った自分の心境の変化に驚く。


初音が落ち込んでいるからだ。

ここのカツ丼は本当に旨いから。
人間ってな旨いものを食うと笑えるから。

だから励まそうとしてるだけなんだ俺は。


心の中で、自分に必死に言い訳をしているのに気づいて、顔が熱くなる。


なんだよ、ガキじゃあるまいし。
俺は何で優しくするのに理由を必要としているんだ。


「美味しいです」


戸惑ったままの初音に仕事の抱え込み過ぎを指摘すると、彼女は気が抜けたのかポロポロと泣きだした。

仕事中、あんなに我慢してたくせに。
泣くときはそんな泣き方するのかよ。

本気で焦って、とにかく食えと追い立てた。
こんな泣き方する女の慰め方なんて知らない。
頼むから早く泣き止め。

初音は半ば無理矢理にカツ丼を口に入れると、呆けたような顔をして言う。


「……美味しい」


そのポロッとこぼしてしまったといった風の賛辞は、昔からおばちゃんのカツ丼に心酔している俺にとって最高級の褒め言葉に聞こえた。
でも嬉しさを前面に出すのも気恥ずかしいから、素っ気なく答える。


「だろ。しかもここのは安い」

「でもカツ丼って、自白させられるときに食べるイメージです」


そんなことをいうから突っ込んでやると、初音は満面の笑みを俺に見せた。
初音からの態度が最初より柔らかいものになっていることに、俺は安堵している自分を認めずにはいられなかった。

嬉しくて、でも時々意地悪もしたくなる。
ムキになって食ってかかってくる間は、こいつは俺のことだけを考えているはずだから。


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