謝罪のプライド


「申し訳ありません。お子様椅子は貴重なご要望として今後の参考にさせていただきますね」

「子供におもちゃのサービスとか。他のとこだとしてくれるよー?」


そりゃファミリーレストランとかだろうが。
なめてるのか。ここはビジネス街に連なる飲食店だ。当然ターゲットは会社帰りのお客が主で。
そこにそんな家族向けサービス求めたって仕方ないじゃん。

仕事柄苦情には敏感になっている私は、ついつい聞き耳を立ててしまう。

大体、さっきっからグラスを割ったことをこの人達は謝っていない。私ならそろそろキレてしまいそうなところだ。

しかし、店員は先程から黙ったままだ。カチャカチャと音はするから、割れたグラスを片付けてはいるのだろうけど。

興味をひかれて、トイレに行くふりをして小上がりの近くまで行った。

姿をじっくり確認すると、やはり先程案内してくれた店員で、一生懸命にこぼれた水分を拭き取っている。それに対し、父親と思しき男性は子供を抱き上げ、母親と見られる女性がやたらにまくし立てている。

どうなるんだろうとじっと見ていると、店員は拭き終えたのか顔を上げ、じっとその後夫婦を見つめた。


「……申し訳ございません。頂いたご要望は今後熟考させていただきます。ただいま新しい飲み物をお持ちいたしますので、少々お待ちください」


おや、また謝った。
あまりの低姿勢にため息が出た。店員だからってそこまで下手に出ることは無いだろう。


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