風の詩ーー君に届け
マエストロの険しい顔が和らぎ、穏やかに笑みを浮かべながらオケを見回す。



纏まりに欠けるオケの演奏、硬くぎすぎすした演奏が、詩月のヴァイオリンの音色で変っていく。



「ソウダ。モット歌ウ」




身を乗り出し、全身で指揮をとるマエストロの顔に笑みが浮かぶ。



指揮台の上、演奏に合わせ巨体がゆれる。



めりはりのある屈伸運動をする足、優雅に弧を描く左手、紅潮する顔に滴る汗。



「Wunderbar(素晴らしい)」



曲を1曲弾き終えた瞬間、マエストロは指揮棒を振り上げたまま叫んだ。



昨秋、詩月がNフィルと契約を交わして以来、マエストロから1度も聞いたことのなかった「Wunderbar(素晴らしい)」だ。



マエストロが指揮台を降り、詩月の体を抱き締めた。


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