喩えその時が来たとしても
「……ャ……」
なんだ? 声がする……。
「……ッ……ャ……」
よく言う『地獄から響いてくるような』声だ。微かなのに深く、太く、……全身を揺さぶるような響きだ。そして金縛りはその度合いを増し、キリキリと身体を締め付ける。
荷物の下敷きになったまま身動ぎも出来ず、脂汗が額を伝うのを拭いも出来ない。
「……ナァ、テツヤ」
今のはハッキリと聞こえた。だが俺の声は相変わらず出ない。すると足元に立つ人の気配を感じた。明らかに人がそこに居るっ! ドアは閉まっているし、ベッドの足元に人の入れる空間は無いのにも関わらずだ。俺は心の中で思い切り叫んでいた。
『俺を呼んでいるのか?!』
「当ったり前じゃねえか。なぁにが悲しくて武田鉄矢を呼ばなきゃならねえんだ! ここに居るテツヤと言ったら哲也、お前しか居ねえだろうが!」
口汚く罵るこの話し方、間違いない、兄貴だ!
「まったくお前は運がねえよな、運袋が開きっ放しなんだから仕方ねえが……。それと記憶力も足りねえ」
『どういう事だよ、解るように説明しろよ』
今の今まで何のコンタクトも取ってこなかった癖にこんな言い方をされて、俺は少しヘソを曲げて聞いた。
「お前が買ったゴールデンな。ありゃ俺じゃねえ。只の人懐っこい仔犬だ」
『なんだって?! じゃあ買い損だってのか!』
「へっ! だぁから運がねえって言ってんだ。金運も仕事運も恋愛運もな!」
足元に兄貴の気配は感じるものの、金縛りで身体が動かないので、今どんな表情をしているのか、どんな状態でそこに居るのか、見る事が出来ない。だが明らかに俺を見下した口振りだ。
「ああ、それと記憶力ってのはな……前にハムスターを買ったのは、俺が死んで何日経ってからだったか、思い出してみろ」
兄貴からそう言われて考えてはみるが、ハムスターを買うのにいちいち「兄貴が死んでから何日」と数えている訳がない。
『そんなの覚えてるかっての!』
足元の兄貴に出来ることなら掴み掛かってやりたかったが、身体に乗った荷物も退けられない今、それは叶わなかった。
「物事には節目ってもんがあんだろ。それはめでたい事にも弔事にも有る」
『初七日とか、四十九日とかか?』
「そう。ハムスターの俺がカラスに弄ばれながら死んで、明日で丁度四十九日だ」
兄貴の最期は安楽なものではなかったようである。