喩えその時が来たとしても
 
「なんだか……担がれてるような感じだ……」

 粗方話し終わると、父が呟くように溢した。

「そうよねえ、雅也が……形は違うにしろ生きていたなんて……そりゃ嬉しいのよ? 勿論嬉しいんだけど……ねえ……」

 母も釈然としないようだが、それも無理はない。兄スターを目の前に、馬場めぐみからそう聞いた俺でさえ、暫くは信じられなかったのだから。

「でも明日、いやもう今日だ。そのペットショップで兄貴の生まれ変わりを買ってくるから、嫌でも信じられるさ」

 兄貴が夢枕に立って転生の予言をしていった事を両親に伝え、「身体に障るから」と寝室に追い立てた。年寄り扱いするなと父は怒っていたが、俺の運袋を塞ぐ事が出来る期待が高まった今、まだまだ二人には長生きして貰いたいと思うのは当然だろう。

「食卓は片しておくから、ぐっすり休んでくれよ」

 散らかしっ放しのままじゃ寝られないと言う母も追いやって、ひとり食卓に着いた。

 床の間を背にした家長の席が兄貴の場所だった。父は母の隣がいいなんて、ラブラブ振りをアピールするのが常だったから。

 そこにポツンと置かれた、誰も口を付けない湯呑みがひとつ。お茶好きだった兄貴が死んでからの両親の習慣だ。

「このお茶も、随分と無駄な事をしてきたもんだよ……」

 ビールがほんの少し残った父のコップと一緒に、兄貴用のお茶をシンクに流した。この二年数ヵ月の間、兄貴は俺と暮らしていたのだからお茶は必要無かったのだ。けれど両親に取ってそれは、兄貴の思い出を風化させない為の大切な儀式だったのだ。

 だが考えてみれば兄貴だって、俺の急を要する問題さえ無ければ、両親の元に転生してノホホンと生きられた筈だった。なのに弟思いの彼は俺を救う為、ハムスターに身をやつしてまで、最後はカラスに喰われてまで、文字通り粉骨砕身の努力をしてくれたのだ。

「ありがとうな、兄貴」

 聞こえているかは定かではない。でも改めて、俺は兄貴への感謝を口にせずにはいられなかった。

 明くる朝……いや当日の朝だ。俺はまだシャッターの閉まっているあのペットショップの前に居た。

「開店は十時か……暫くうろうろでもしていよう」

 生きられる希望が出てきた今、昨日までと何ら変わらない筈の景色が、堪らなく色鮮やかに映った。

 行き過ぎる人々の話し声や車の騒音さえも、俺の耳に軽やかなメロディを刻んでいるようだった。


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