喩えその時が来たとしても
翌日。
兄貴は俺に不満を全部ぶつけた事で、すっかり元通りの機嫌に戻っていた。確たる原因はよく解らないが、こういう時には下手に蒸し返さず、流れに任せるのが王道だ。
「……大体これで全部……かな……」
兄貴がまだしおりさんの事を聞きたがるので、あの部屋で見聞きした事の殆ど全て(兄貴ほど記憶の確証が無いので曖昧)を話して聞かせた。すると茶色いラブラドールの仔犬は彼女に会わせてみろと言う。
「相手の都合も有るし、しおりさんとは知り合ったばかりだから、あと何日か経ってからでもいいかい?」
知り合ってすぐにまた会う約束を強要したんじゃ、クレクレ感が半端ない。俺はやんわり日延べを提案したが、兄貴は許してくれなかった。
『何を言ってやがる。哲也は熱い内に打てだ。電話でもメールでもして、アポイントメントを取りやがれ』
俺は「鉄は熱い内に……だろ」と口の中だけでささやかな反抗をしながら、渋々しおりさんにメールを打った。
「でもさあ兄貴。しおりさんと会ってどうしようと……」
送信を終えて兄貴と喋ろうとしたらすぐ返信が有った。『暫くは自宅で企画を練る為の準備をしなければならないので、いつでもいらっしゃって』との事。
そうだった。取材の為の海外出張を終えて、日本に帰ってきたばかりなんだった。
「いつでもいいってさ。でもなんか兄貴の思惑通りって感じだな」
『不満でも有んのか?』
「滅相も無いです」
ここで怒らせたら、今度こそシカトされるに決まってる。絶対だ。
『でもその返事の様子じゃ多分、しおりって女も自分の役割に気付いている筈だ』
仔犬はそっぽを向き、後ろ足で首を掻く。その高慢な態度に少し腹は立ったが、そんな事より話を先に進めたかった。
「役割って?」
『ああ、お前を導く為の役割だ。お前、その女との出会いが偶然だとでも思ってるのか? 随分おめでたいオツムだな』
アレは……あの出会いは、やはり必然だったのか。考えてみれば、極限運無し男の俺に、あんな幸運な出会いが訪れるわけも無いのだ。
俺は兄貴の現在置かれている状況を改めて説明し、ペット同伴可の喫茶店で兄貴と会って貰うように約束を取り付けた。あいにく明日は店が定休日なので、彼女との再会は明後日になる。
馬場めぐみとの問題はまだ解決されていないが、兄貴としおりさんがタッグを組んでくれるとなれば、これほど心強い事はない。
それに……またしおりさんに会えると思うと……自然と、心が、踊る。移り気じゃないんだ。しかし……。いやイケナイ。俺がしっかりしないでどうする!