ガラスの靴じゃないけれど
彼の話を聞いた祖母は震える手を胸に当てると、呼吸を整えながら話を続ける。
「ええ。彼の名前も見習いをしている靴屋さんの店名も聞かなかった私は、広場で買い求めた絵葉書に自分の名前を書いてベンチに置くことしかできなかったの。彼の好意を無駄にしてしまって本当に申し訳なく思ったわ」
約半世紀ぶりに自分が書いたカードを手にしている祖母は、静かに瞳を閉じる。
その瞼の裏に映るのは、若かりし頃の自分と彼のお爺様の姿なのだろう。
すべての出来事が明らかになった今、祖母はゆっくりと瞳を開くと彼に問う。
「それで?あなたのお爺様はお元気?」
「私が二十二歳の時に他界しました」
「まあ。そうなの」
祖母の瞳の奥に見えるのは、深い悲しみの色。
けれど彼は祖母の悲しみを払拭するような、澄み渡った空のような清々しい表情を浮かべた。
「祖父の夢はこの片方だけのパンプスをあなたに返すことでした。その夢を叶えさせてくれたのは若葉さんです。私は若葉さんと出会えたことに運命を感じ、そして心から感謝しています」
彼は祖母だけではなく、応接間にいる私の家族ひとりひとりと目を合わせると最後に頭を下げる。