ガラスの靴じゃないけれど
「言っておくが、あのパンプスのヒールは折れてないぞ」
「え?本当に?」
「ああ。パンプスの本体とヒールを繋ぐネジが外れたんだろ。ほら。な?」
山本時計店の前で転んでしまったあの時は、動揺していていたのかもしれない。
彼が私に向かって差し出したパンプスを改めて見れば、確かにヒールは折れてなかった。
「きっとゲンさんの店のガラス戸のレールにヒールが引っ掛かったんだろ。履き方が悪かったとか気にする必要はない」
私の手首を掴んで山本時計店に連れ込んだり、急にお姫様抱っこをしてこの店に連れてきりした、さきほどの強引な態度とは一転。
落ち込んでいた私を気遣ってくれる優しい彼の言葉は予想外で、不覚にも胸が温かくなってしまった。
自分勝手なのか、それとも優しいのか。つかみどころのない彼を目で追っていると、重量感のあるアンティークな作りの両開きの戸棚に向かっていた。
その戸棚の中から迷うことなく取り出したのは、一足の黒いパンプスだった。