聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~真実の詩~
第四章 帰還

「298、299、300………っと!」

腕立て伏せの最後の一回の反動を利用して、グラヴァウンは跳ねるように体を起こす。その動作で汗が散った。

頭上遥か、空は白み始めている。

立ち上がった彼のシルエットが黒々と浮かぶ総帥邸の中庭には、小鳥たちの歌声が響いているが、彼らが好む緑はまだ再建したてのこの屋敷には少なく、どこか寂しく遠慮がちに聞こえる。もっともこの屋敷の主は鳥の歌声などにはまったく興味がなかったが。

腹筋、背筋、懸垂、スクワット、腕立て伏せをこの中庭で毎朝300回ずつやるのが陸軍総帥グラヴァウンの日課だった。

―強くあるには、鍛えなければならない。

逞しい裸の上半身の汗をぬぐい、彼は曙の光を背に次の日課のために屋敷の中へと入っていった。

私室にてお気に入りの剣数本の手入れを入念にしながら、朝食をとる。

朝の訓練が筋肉に変わるように、肉や豆などタンパク質の豊富な食事だ。それから私室の隣に設けた広い剣の訓練室で、研いだばかりの剣の切れ味を存分に試す。そうしながら剣技に磨きをかけるのだ。

―鍛えるからには、強くあらねばならない。

すっかり体が温まった後は、厩舎に向かう。愛馬の手入れも自分でやるためだ。彼はなんでも自分でやらなければ気のすまない性格だった。

厩舎に着くと、新米の従者の少年がせっせとグラヴァウンの愛馬の毛にブラシを入れている最中だった。グラヴァウンは舌打ちし、声をかけた。

「ボウズ、人の馬の世話なんかしてるヒマがあったら、剣を握れ。強くなれ。強いってこたあ、いいことだからな」

「は、はい、申し訳ございません」

ひたすら恐縮する少年の手からブラシをとり、グラヴァウンは自分で愛馬にブラシをかけた。
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