聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~
「…旅に出るのか」

「…はい」

澄んだ声は世界で一番愛しい人の声だ。

彼女の声を聞けるのは、これで…最後なのだ。

カイは心の中に咲いた桜色の花まで散ってしまうような気持ちで、舞い散る花びらをみつめる。

リュティアに背を向けたまま、泣かないように唇をぐっと引き結ぶ。

昨日―彼女の17歳の誕生日の日に、彼女は再び“最初の叙情詩”を歌いあげた。

それは「世界全土の平和と幸福」を願う詩であった。

それにより世界中に楽園の風が再び流れだし、世界は祝福に満ちることとなった。

争いのない、平和な世界が実現するには、きっとまだまだ時間がかかるだろうけれど。

それでも、理想の世界へ、彼女の詩が、人々に大事な第一歩を歩ませてくれた。

そして迎えた今日。

旅装を整えたリュティアは、今から、ライトを探しに行くのだ。

「そうか…。気を付けて…。きっと、奇跡は起こるさ…」

自分が重傷を負って倒れた後、何が起こったかはだいたい聞いて知っている。

リュティアの悲しみの力が世界中の魔月を貫き、愛を持たぬ彼らはそれに耐え切れず一度残らず消滅し…それからただの無垢な動物の赤子として生まれ変わったという。だから今、世界中の至る所に動物の赤子が溢れ返っている。彼らを育てるのは人間の役目であった。

光神と闇神が戦いを3000年後の今に託したのは、戦いの決着を着けるためではなかったのではないかとカイは思っている。愛し方は違えど共に世界を愛する兄弟であった二人は、調和を選ぶためにすべてを未来に託したのだ。

二人はすでに、破壊衝動も悲しみも愛も持つ人間、そして純粋に彼らと寄り添う動物という存在を、共存するその関係をとっくの昔に結論にしていたのではないか。だから星麗の王リュティアも、魔月の王ライトも、人間として生まれ、動物と共存して生きていたのではないか。

そう、ライトは喜びも悲しみも持つ、まぎれもない“人間”だった。だからきっと、悲しみの刃で消滅することなく、どこかで生きているはずだ。

昨日で17歳になったリュティア―またひとつ大人になってしまったリュティアは、きっと、そんな奇跡をみつけるのだろう。
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