聖乙女(リル・ファーレ)の叙情詩~奇跡の詩~

アクスは今日も苦い気持ちでその建物を見上げた。

素朴なこのプレニア族の村において、それは異様なまでに立派なつくりの建物であった。

三角の平屋を三重に重ねたような頑丈そうな木造三階建て。藁ぶきが一般的なこの国においては珍しい、黒い瓦を敷き詰めた屋根が天を突くようにそびえている。華美な装飾が至る所に施されている様から、城と呼んでも過言ではないだろう。

城のようなこの建物は、男たちの武術訓練場だった。

アクスがいた頃はこんな建物はなかった。それもそのはず、昨年の武術大会の優勝者黒いアクスが、その優勝賞品として願い建築されたばかりのものだという。ここはそれ以来村中の男たちが仕事も祈りもそっちのけで通い、戦いの腕を磨いている場所なのだ。その立派さはとりもなおさず祈りからの距離を表しているようで、アクスは見るたび苦い気持ちにならざるをえないのだ。

それでもアクスが一日と欠かさずここを訪れるのには理由がある。

「また来たぜあいつ」

入ってきたアクスを見るなり、土を敷き詰めただだっ広い訓練場でめいめいに武器を振り回していた男たちは露骨にいやそうな顔をした。

「皆、聞いてくれ」

戦場で号令をかけ慣れたアクスの声はよく通ったが、誰ひとりとして耳を貸そうとはしなかった。ここ二週間あまり通い詰めているアクスの話は皆耳にたこができているのだ。

アクスはもう何度目になるのかわからない事情を説明した。世界が今危機に陥っていること、雨がやむには皆の祈りの力が必要なこと。

「―一日に一度でいい、陽雨神様に皆で祈ってくれないか」

誰ひとり注目すらしてくれないので、アクスは仕方なく男たちが斧を振り回す中に入っていった。斧の動きはすべて熟知しているから危険は感じない。

「どけよ! 邪魔だ!」

「頼む、この通りだ」

アクスは男たちに頭を下げた。男たちは顔を見合わせ、白けた表情をしている。「ばかかこいつ」「いかれてる」などと冷たい声が降ってくる。それでもアクスが頭を下げ続けていると、彼らの中から新顔が進み出てきた。サーレマーより10は年上だろう中年の男だ。
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