私と彼と――恋愛小説。
二人の受付嬢は、いつも通りだと云った風に振舞っているけれど――女だけにしかわからないだろう強い眼差しを向けている。


当然の反応なのかも知れない。私だって、此処が杏奈の会社で無ければどれだけ気分が良いだろうか。


ゲートをゲストパスでくぐり、エレベーターのボタンを佐久間が押しながら私に視線を向けた。


「加奈――カヲルちゃんは特別話さなくて良いからね。質問にだけ答えて、後は笑っていれば大丈夫」


私を安心させるように、佐久間もジュンさんも微笑みを浮かべる。


「はい…頑張ります」


私の緊張を解すみたいに、ジュンさんが肩をポンと叩く。


「佐久間様、お待ちしておりました」


エレベーターが開くと、杏奈の姿が見えた。相変わらずお洒落なコーディネートの杏奈の傍らには、控えめなスーツの女性が一緒だ。


隣の女性に気づかれない様に、杏奈はペロリと舌を出す。


佐久間は笑いを堪えながら挨拶を返していた。


「会長のご機嫌は如何ですか?」


どうやら女性は会長の秘書らしい。嬉しそうに佐久間の問い掛けに応える。


「カヲルさんに会えるって朝から落ち着きませんよ。ネクタイを三度も変えて、その度に呼び出されましたけど」


「そうですか、三鷹さんも大変だね」


何度か面識があるのだろう、名前を呼ばれた彼女が佐久間に好意を持っているのは間違いなさそうだ。
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