私と彼と――恋愛小説。
五章
「待っていたよ、佐久間くん。彼女がカヲルさんだね」


会長と呼ばれるには若すぎる印象だ。アパレルの業界人らしくお洒落な中年と云った感じだった。


「ええ、スポンサーマスコミ含めて初お披露目です。もっとも彼女の希望で今後も露出はしませんが」


佐久間が私を見て微笑みながら挨拶する様に促した。


「初めまして、カヲルです」


「うん、色々聞いてはいけないんだったなぁ…残念だ。まあ、座ろう」


会長は苦笑しながら広い窓際のソファーへと歩き出す。佐久間は私を真ん中に座らせる。


右側に佐久間が、一つ席を空けて左の端にジュンさんが静かに腰を下ろした。


「申し訳ありません。それが彼女を口説いた時の条件ですので」


「構わないよ、人には色々事情があるものだ。それにしても勿体無いな、佐久間くんにかかれば表舞台に立てるのに。ああ、いや余計なお世話だったね」


「いえ、その通りかも知れませんけれど…作品が世の中に出てくれれば充分です」


「そうか、君がそう思うならそれで良いのだろう。ああ、そうだその方も紹介してくれるかね?」


澤田会長は――私より寧ろジュンさんに興味がある風に、身体を前に乗り出していた。


「佐久間のスタッフで大友と言います。今回は佐久間が無理を申しまして…」


「そうか――君があの大友くんか。いや、君には是非会いたいと思っていたんだよ。それにしても随分な転身だね」


ジュンさんは少し戸惑った表情で佐久間にちらりと視線を流す。それからゆっくりと会長へ顔を向ける。


「ご存知――だったのですか……」
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