私と彼と――恋愛小説。
余計に疑問が湧いてきた。何故ダミーとは云え〈カヲル〉に私を使うのか、だ。


これだけの経歴があるのならば、幾らでも都合の良い人物がいる筈で私を無理に使う必要はない。


〈カヲル〉を内密に活動させる必要があり、ごく限られた人物にしか素性をあかしたくないとしても昨日の撮影に関わるスタッフを考えれば不自然だ。


何処かからバレる事は間違いない。あまりにも腑に落ちない。


何となく読む気が失せていた小説のページを開く。コメント欄には昨日の一ページだけの更新に沢山の声が反映されていた。


それだけの影響力が〈カヲル〉にはあるのだ。


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「悪いねぇ、副編さまを呼び出しちゃってさ。何せ締切に追われてんだよね」


会社と私のマンションの中間にある事務所。事務所といっても自宅兼用だった。


「気にしないで、息抜きに寄っただけだから」


私が新人の頃、恭子も駆け出しのライターだった。もう随分長い付き合いになる、今度の雑誌でもライターとして参加してくれる。


「noxだっけ?新しい雑誌の名前」


「そうよ、ラテン語で夜って意味。まあ、語呂が良いから決まったみたいなもんだけどさ」


「ノックスねぇ…セックスにも響きが似てるし馴染みやすいかもね。三十代オトナのオンナは夜に本性を現すってか?」


「恭子…あんた随分煮詰まってんじゃない?」


「正解!原稿も煮詰まってるし、オンナとしても煮詰まってる…ねえ、今晩飲み行かない?杏奈も呼び出してさ」


「この忙しいのに飲み会って、あんたらしいわよね」


部屋に入ってから恭子が顔を私に向けたのは一度だけだった。会話をしながらも指先はキーボードの上だった。


「何時になるかわかんないわよ。じゃあ打ち合せもその時で良いわ」


「ごめん、助かる。昼迄にデータ送んなきゃなんだよねぇ」
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