恋ごころトルク
「眠ってるだろうから」

 そっと病室ドアをスライドさせる店長。足音を立てないように、静かに病室へと入る。膨らむベッド。目を閉じて、眠りの呼吸をする光太郎さんが、そこに居た。
 手に包帯が巻かれてある。怪我だ……。やっぱり、怪我したんだ。

「薬で眠ってるのか」

「そう、解熱剤で」

「解熱? 熱出たんすか」

「そ。右手人差し指に少しヒビ入ったらしいけど、他はなんてことないよ。意識もしっかりしてるし、強いて言えば風邪で熱があるだけ」

「風邪?!」

 体中の力がため息となって抜けていく。

 風邪で熱……そっか。昨日、雨に濡れたから、それで。たぶん、そうだね。あたしだって、ちょっと風邪気味なんだもの。微熱っぽいし。
 怪我は人差し指のヒビ。それ以上の怪我は無い。……良かったぁ。

「脚立を支えた方向が悪かったんだろうな。軟弱な指だ」

 かすれた声で店長が笑った。

「なんだぁ」

「ヒビが入ってるんだから、なんだってこと無いか。怪我人だもんな」

「そうだな。風邪ひいてるけど」

「……うっ」

 ヒビで、風邪で熱。昨日の出来事は、ふたりの秘密で、あたし達しか知らないこと。勢いでここに来てしまったけど、大丈夫だということが分かって良かった。
 あたし、それだけでじゅうぶんだよ……。

「起こさないように泣いてね」

「うっうっ」

「良かったねぇ」


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