調導師 ~眠りし龍の嘆き~
第九章 渦巻く闇
‡〜元凶〜‡

《ぅをぉぉぉぉ》



「龍牙刀…」

不気味な声の方へと目を向ければ、刀を持った男が、ゆっくりとこちらへ向かってきていた。
狂気を振り撒き、歩んでくる男。
さきほど、結婚をせまられた時の印象とはかけ離れた姿だった。

「取り憑かれてる…」


〈ひゃはは。
ひっはははは〉


狂気に蝕まれ、すでに自我はないようだ。

「この日を待っておったっ!
その刀に対抗できる唯一の刀!
お前を殺せる刀じゃ!!」
「先生っ!!」
「美南ちゃん…。
すまん…じゃが、わしは…こやつを殺さねば死んでも死にきれんのじゃっ!」

秦が混乱して動けないでいる私を支える。
風が起こった。
狂気に満ちた嵐。
引き込まれてしまいそうになる程の乱風。

「どうして…」

いつも優しく、人を癒していた。
時折、実際の年より老けて見えるのは、刻み込まれた笑い皺のせい。
どうして殺すなどと言うのだろう。
そんな事をできる人ではないのに。
とめなければ…。
焦る気持ちとは裏腹に、根付いたように動けない。

「うをぉー!!」

切りかかる先生をあざ笑うように避け、刀を決して合わせようとはしない。
わかっているのだ。
合わせれば終わりだという事を…。


〈ひぇっへへへ。
ひゃははっ〉


何度も刀を振り下ろす先生の攻撃を、すべてゆらりとかわしてしまう。

「ぜぇへ…ぜぇ…」

息が上がってしまっている。
もうほとんど刀を振り上げる力も残ってはいないだろう。


〈ひへへっ〉


「先生っ!」
「ぐぅっ…っ」

右肩から斜めに切りつけられた先生は、たまらず倒れ込む。
秦が駆け寄り、先生を抱き上げて後退する。

「これ以上血を浴びてはっ!!」

血が刀を伝って赤く染め上げる。
秦は、先生が取り落とした水薙刀を拾い、先生を担いで駆けてくる。

「美南都っ
走れっ逃げるぞっ」

先生を一緒に抱え、走る。

「こっちへっ
とりあえず隠れなきゃ」

秦は、足を怪我していてあまり遠くへは走れないし、屋敷の中には人がいる。
万が一そこで戦闘になれば、血を求めている龍牙刀は、容赦なく襲うだろう。

ならば…。


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