線香花火
誕生日には君と
* * *

 12月1日。平日の今日はいつも通りに出勤し、定時に退社した。特に何か予定があるわけでもないけれど、今日は誰が何と言おうと特別な日であることに変わりはない。

「…と言っても、特にやることもないんだけど、な。」

 ケーキを買うのもバカらしいし、かといってお洒落なシャンパンを一人で開けるのもなんだか寂しい。結局ビールを1本と、ちょっと奮発してお惣菜を買って帰宅した。今日は会議があり、スーツだったため肩が痛い。着ているだけで締まって見えるスーツは嫌いじゃないが、長時間着ると何となく疲れてしまうのは着慣れていないからでもある。
 パンプスを脱ぎ捨て(来客があるときこそ整頓するが、生憎今日は誰も来ない)、スーツのジャケットも脱ぎ捨て(あとでちゃんとハンガーにかける)、ブラウスのボタンを上から3つ外したときだった。
 ブーブーブーというバイブの音。両親からの連絡は朝に来た。一体何の連絡だろうか。

「え、聡太!?」

 慌てて『応答』をスライドしてスマートフォンを耳にあてる。

『もしもし、澪波?』
「っ、と、突然どうしたの?何かあった?」
『何かないと電話しちゃいけないわけー?冷たいなぁ、澪波ちゃんは。』
「いや別に何かないと電話しちゃいけないってわけじゃないけど、…電話なんて珍しいから…。」

 ピーンポーン…家のチャイムが鳴った。

「ごめん、聡太。ちょっと来客…。」
『うん。』
「ちょっと待ってください、あ、はーいっ…って、そ、うた…?」

 モニターにひらひらと手を振って笑顔を浮かべているのは、チャイムを鳴らした主…もとい、聡太だった。慌てて玄関を開けると、そこには本物がいる。

「な、なんでっ…。」
「…あのねぇ、なんでって今日は澪波の誕生日だろ。普段なかなか会えなくても、誕生日は別。あと…。」
「え?」

 聡太の指が触れた先は自分の胸。

「そんな恰好で迎えてくれたのは嬉しいけど、俺は心配だよ。澪波のガードの低さと、俺の理性の限界が。」
「っ、これは!聡太が突然現れたからびっくりして!ていうか着替え中だったから!」
「脱がしていいの?」
「いいわけあるか!もう入って!座ってて!」
「ありがと。…ってその前に、澪波。」
「なに?」

 振り返ってそのまま軽く、唇が触れるだけのキスをされた。

「誕生日、おめでとう、澪波。」
「あり、がとう。」

 あまりにも真っすぐな眼差しと、真っすぐな言葉にじわりじわりと涙腺が緩んでいくのを感じる。顔を隠したくて、聡太の上着の裾を引っ張って、胸に顔を埋めた。
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