不機嫌主任の溺愛宣言
「前園の野朗が会社にチクったせいで昔管理してた人材まで調査されてよぉ。ちきしょう、どいつもこいつも良い仕事まわしてやったのに簡単に口を割りやがって。おかげで俺はクビだよ」
ブツブツと独り言のように零した加賀の言葉を聞いて、一華は彼に起きた状況を理解した。どうやら良い仕事の紹介や評価を盾に関係を迫っていたのは、一華にだけでは無かったらしい。
それが以前の一件で会社に露見してしまい、加賀は解雇になったのだろう。自業自得、または罰が下ったとしか言いようが無い。けれど、そんな事を罪悪感も感じず繰り返してきた男だ。反省するどころか最悪なことに、彼は怒りの矛先を忠臣と一華に向けたのであった。
「最低…!クビになったのはあなたが卑怯な事ばかりしてきたからでしょう?それを私や前園主任を逆恨みするなんて、どこまで最低なのよ!」
一華は正義感が強い。それは彼女の魅力のひとつでもあるのだが、時と場合によっては仇となり得る。
「うるせえ!お前があの時おとなしく着いてくれば、こんな事にはならなかったんだよぉちくしょう!!」
激高した加賀は力任せに一華の身体を路地裏の壁に押し付けた。堅いコンクリの壁に勢いよく押し付けられ、彼女は痛みに顔を歪ませる。
その隙を突いて、加賀は一華の唇を奪おうと顔を寄せたが間一髪それはかわされた。
「やめて!離して!!」
「黙れ!このままじゃ俺の気が収まらないんだよ!1回くらい、って、この…!暴れるなぁ!」
襲い掛かろうとする肉厚な加賀の身体を、一華は必死で手で押し返す。なりふり構っていられない、ジタバタとあがき抵抗を試みた彼女は全身を使って加賀を押し退け、その隙に逃げ出そうとした。
けれど、ここは路地裏。狭く暗い道は足元が悪く一華はすぐに足を躓かせる。助けを呼ぼうにも人通りのある路地の方は賑やかで声が掻き消されてしまう。
「逃げるな!観念しろよぉ!」
背後から追いかけてくる加賀に恐怖しながら、転んで立ち上がれないままの一華は手にスマートフォンを持っていた事を思い出した。
向こうっ気の強い彼女は誰かに頼る事は好きじゃない。けれど、この時の彼女の頭にはただひとりの男の姿が浮かんでいた。
倉庫で、地下駐車場で、殴りかかる女や加賀から助けてくれた。毎朝の送迎で痴漢から守ってくれた。ただひとりの、頼れる男の姿が――
「助けて……忠臣さん!」
気が付くと一華は忠臣の番号をタップして、通話口の向こうに向かって助けを叫んでいた。