冬夏恋語り
膝の上で恋ちゃんの手が小さく震えていた。
怒りを抑えながら、恋ちゃんの手をぎゅっと握りしめた。
「すみません、家内が興奮しておりますので、今日はお帰りください。
家内にはよく言ってきかせますので。どうか、今日のところは……」
「そうですね、では、あらためてお返事をお聞かせください。
こちらとしては、恋雪さんの気持ちを第一に考えていただきたいと思っております」
ミヤさんの落ち着いた声に、貴之さんの父親は大きくうなずいた。
母親はまだブツブツと言い返し、恋ちゃんを睨んでいる。
こわばり動けなくなった恋ちゃんを抱えて、立ち上がろうとしたとき、襖が開いた。
「待ってください。帰らないでください」
「おねえさん……」
「恋雪さん、ごめんなさいね。本当にごめんなさい。
お父さん、このままではだめ、また同じことの繰り返しよ。お父さんもわかってるでしょう」
突然の乱入者は貴之さんの姉だった。
ミヤさんとうなずきあい、上げた腰を降ろし、恋ちゃんの手をにぎったまま座布団に座りなおした。
「母が取り乱すのを恐れて、私も父も強く言えずにいました。
恋雪さんから貴之とのことを聞いていたのに、母には言ってなかったの。
貴之と別れるつもりだったのに、婚約指輪を渡されて、迷惑だったでしょう」
「貴之と別れるつもりだったって……そんなのウソよ」
叫びにも近い母親の声が部屋に響く。
立ち上がろうとした体を抑え込んだのは父親だった。
「お母さん、聞いて。ウソじゃない、恋雪さんから聞いていたのに、私が言わなかったの。
あなたの気持ちを考えたらわかるのに、私も父も、母とのトラブルをさけたくて、ズルズルと引き延ばしてしまって……
恋雪さん、本当にごめんなさい」
両手をついて謝る姉の目から涙が落ちた。
「私のせいなの? 私が悪いの? そんな……貴之が可哀そう」
母親の悲痛な声が聞こえてきたが、小さく力ない声だった。
葬式で恋ちゃんを責める言葉を浴びせた貴之さんの母親は、言い過ぎた、言ってはいけないことだとあとで悔いて、その気持ちを婚約指輪に込めたつもりだった。
恋ちゃんは、指輪を受け取ったことで貴之さんを母親から奪ったのは自分だと思うようになり、ずっと自分を責めてきた。
どちらもとらわれなくてもよい思いに縛られてきたのだった。
客間はシンと静まり返り、次の言葉をみな迷っていた。
恋ちゃんの手を握りながら、気持ちの区切りが必要だと思った。
「貴之さんにお参りさせてください」
「はい、どうぞ……」
「恋ちゃん、貴之さんに報告してこよう」
うなずく彼女と一緒に立ちあがった。
お姉さんに案内されて、恋ちゃんを連れて仏間に入り、ふたりで手を合わせて一心に祈った。
仏間を出る間際、飾られた写真の中の彼へ、彼女を連れて行きますと伝えた。
はつらつとした笑顔の彼が、うなずいたような気がした。