冬夏恋語り


「昨夜、食事もごちそうになったし、その礼を言うために深雪の家に電話をした。

深雪にも、昨日のことを謝ろうと思って……

電話、代わってもらうつもりでいたら、お母さんに、従姉妹と駅前のファミレスにいると聞いた。

ちょうど、この店の前にいたから中をのぞいたら、深雪と彼がいた」



絞り出すような声でここに来た経緯を説明するが、声には私への怒りが含まれている。

従姉妹と一緒のはずが、私は東川さんと一緒にいたのだから、当然と言えば当然かもしれない。



「謝るって、お酒のビンが割れたのを疑ったことですか」


「そうだよ……」


「私が説明しても、西垣さん、ウソだろうって言いましたね」


「あの状況なら疑うだろう。けど、わかったから。だから、謝るつもりでここに来たんだよ」



謝ると言いながら、その声は私を責めるようで、それはまるで、先ほどの東川さんと里緒奈さんのやり取りを再現しているようだった。



「昨日言ってくれたら、そうしたら私だって」


「この男と会わなかったってのか」


「違います!」



私と東川さんを結び付けたいらしい西垣さんは、まともに受け取ってはくれない。

これでは何を話しても信じてもらえない。

徐々に入りはじめた客が、何事かと興味本位の視線をこちらに向けてくる。

はた目には、私たち4人の関係は、さぞ面白おかしく見えていることだろう。



「ちょっといいですか」


「君、弁解でもするつもり?」


「そうですね、言われっぱなしは嫌ですから」



喧嘩腰の西垣さんに負けない顔で、東川さんも言い返した。



「ここに来る前、小野寺社長に深雪さんに会う許可をもらっています。

駅前のファミレスで会います。そう時間はかかりませんとお伝えしました」


「ははっ、まさか」



そういえば、東川さんが私を誘うときは、事前に許可を得ますと父と約束をしたことがあっ。

それを守った?

私もまさかと思わぬでもなかったが、東川さんなら守りそうな気がしてきた。



「ウソだと思うなら、社長に確かめてください」


「どう聞けって? 婚約者がいるのに、お嬢さんがほかの男と会う約束をしているそうですが、本当ですかと聞くのか?  

ばかばかしい、笑えるね」



フンッと見下したような笑いを東川さんに向けた西垣さんは、とにかく、ここから出ようと再度私を促した。



「私が父に確かめます」


「コイツの言うことを信じるのか」



彼の制止を振り切り、私は父に電話をした。

東川さんから電話があったかと問うと、『あぁ、電話、あったぞ。駅前のなんとかって店で深雪に会いますって、そう言ってきた。律儀な男だよ』  と電話の向こうで笑っている。

父の大きな声は、スマートフォンからもれて、彼らの耳にも届いた。

それがどうしたと、父の話は続いたが、あとでねとだけ伝えて電話を切った。


これでわかったでしょう? と西垣さんへ向けた私の声は、思ったほど大きくなくて迫力に欠けていた。

それでも私には、できる限りの反論だったのだが、彼から一向に謝罪はなく黙りこくっている。

コイツの言うことを信じるのかと西垣さんは言ったが、それは、西垣さんを信じろという意味でもある。

では、西垣さんは私のことを信じているのだろうか。

信用とは、互いに信じる思いが対等であるうえに成り立つものだが、私と西垣さんの間は対等であるとは言い難い。

東川さんの言葉には偽りがないと思ったからこそ、私は父に確かめて西垣さんに証拠を突きつけた。

こうまでしなければ、信用が得られない関係とは……

残念な思いだった。


もう、いつものように西垣さんを見過ごすことはできない。

私だけならともかく、東川さんにも失礼があったのだから、なんらかの謝罪の言葉が出てしかるべきなのに、どんなプライドが邪魔しているのか一言もなく、唇をかみしめている。

私は、こんな男性と結婚を望んでいたのか、頼りがいがあると思っていたのか、引かれる手について行こうとしていたのか、そう思うと、無性に腹がたってきた。

財布から一万円札を抜き取り、西垣さんの前にバンッと置いた。



「借りたお金をお返しします。これで貸し借りはなしです」


「貸し借りって、そんなことはどうでもいい。俺が言いたいのは」


「父には私から話します。西垣さんのお義姉さんにもお話します。

なかったことにしてください」


「なかったことって、なにをなかったことにするんだよ」



腕をつかまれたが、思いっきり振り払った。

もう一度つかまれたが、それも振り切った。

店内は妙に静かだった。

客の注目がこちらに集まっているためで、私たちはいわば醜態をさらしているのだが、人の目も耳も全く気にならず、胸の内を思いっきり吐き出した。



「全部です。全部なかったことにしてください。さようなら」



言いきって、床に張り付いた足を持ち上げた。

一歩進んだが思うように次の足が進まない。

行きましょう……

東川さんの声と手に背中を押されて歩き出し、やがて走り出した。


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