男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
―――
「…えっ、なんで淑女がこんな所に居るの?」
「何言ってんのよ、鳴海常務に飽きられて捨てられたに決まってるでしょ?彼の本命の加々美さんも戻ってきたんだから。」
「それで今度は鳴海部長なの?やだ、玉の輿しか狙ってないなんて高飛車な女ね。」
―――
周りの声が騒音に聞こえて…うるさく感じるのは治ってきたけど、そのかわりにこんな嫌味が聞こえてきた。
さて、今回は誰に吹き込まれたのかしらね。
ホント暇な人たちよねー。呆れてものも言えないわ。
「姫ちゃん。ごはん食べながら、楽しい話いっぱいしようね!」
柚ちゃんが私の右側に座って手を握ってくれつつ、そう励ましてくれた。
「ありがと、柚ちゃん。」
柚ちゃんと話しながら食事の到着を待っていると――。
「お待たせ、2人とも。さぁ、冷めないうちに食べようか。」
鳴海部長がわざと明るく言いながら、私たちの分を運んできて下さった。
部長がそう言って下さったことで、"ヤバイ…睨まれる!"と何かを感じ取った人は言わなくなったけど、まだチラホラ嫌味が聞こえてくる。
こんなバカな会話は…聞き流すが勝ち。
こんなのに付き合ってたら、目の前にある美味しそうな筍ごはんと鰆の塩焼き…それから菜の花のおひたしと豆腐とワカメのお味噌汁が冷めて台無しだ。
「姫野さん、どう?まだ2日目だけど…。観月くんや本条課長に厳しくされ過ぎたりしてない?」
部長が話題を振ってくれた。
「部長ー!してないですよ、そんなこと!」
前のテーブルに座る観月くんが、体を捻ってこちらを向きながら、私と部長の会話を聞いてちょっと焦った様子で会話に入ってきた。
焦ってる…ちょっと可愛い。
「もう全然。本条課長も観月さんもとても優しいですし、丁寧に業務を教えて下さいますよ。」
私は部長と観月くん、両方に笑顔を向けた。
その瞬間、ちょっと観月くんが固まった気がした。
…えっ、観月くん?どうして固まってるの?
それに、心なしか顔が赤い気がするんだけど…まぁ、でも照れただけよね。
「そうか。それなら良かった、〔秘書課〕から引き抜いた甲斐があったよ。僕と本条課長がね。」
「僕と本条課長が〔秘書課〕から引き抜いた。」という言葉を、部長は周りに聞こえるようにわざと大きめの声で言ってくれた。ここまで言われれば、さすがに黙るしかないよね。
目の前には、部長の"営業"じゃない本当の【貴公子スマイル】がある。
なるほど。"これ"は確かに、柚ちゃんが「部長の笑ってる顔が一番好き!」って言うだけの破壊力はあるわね。現に…今も私の隣でやられちゃってるし。
「あと、姫野さんは覚えるの早いし…聞き漏らしが無いです。」
桜葉くん、ありがとう。
「そうか。桜葉くんから良い話聞けたな。良い関係作れてるね、安心したよ。でも、心配事とか相談事とかあったら遠慮なく言ってきてね。特にあなたの場合は、【不安】は体に毒だから。」
「はい、お気遣いありがとうございます。痛み入ります。」
「きゃぁー!本条課長が社食に来られるなんて!あの、席の確保にお困りでしたらご一緒しませんか?」
……えっ、本条課長!?
どうしてここに?課長もきっと騒がれるの嫌いだから、絶対…社食なんて来ないでしょう?
誰かに呼ばれた?…あっ、もしかしてここに来る間に歩きながら連絡してた相手って――。
部長ー!
正面に座る部長に視線を戻すと、目が合い…ウィンクされる。
やられたー!やっぱり、私が課長のデスクを見ていたの…気づいてたんですね。
「せっかくのお誘いですが、先約がありますので申し訳ありません。……鳴海部長、ただいま戻りました。」
そう言って、誘った女性社員の傍を足早に通過してきた本条課長は、一直線に私たちのテーブルへやってきた。
「それで?…俺はどこに座れば?」
「"ここ"。」
そう言って部長が指で指し示したのは…【私と部長の間の誕生日席】だった。
「…えっ、"ここ"ですか!?…さすがに"ここ"は邪魔でしょう。それなら、もうちょっとこの机を奥にずらして…もう一つ机繋げますよ。」
そう言って机を動かし始める本条課長に、「昴、俺も手伝うから"そっち"行っていい?」と朝日奈課長が申し出た。
それに対し本条課長は、「俺は良いが…女性陣に聞けよ。おそらくこの集まりは、女性陣プラス部長の構図だから。」とこちらに回答を委ねてきた。
柚ちゃんと立花さんが、私の様子を窺っている。きっと、さっき嫌味を言われから"少し疲れたんじゃないか"と気を遣ってくれているんだ。
「いいですよ。朝日奈課長、いらして下さい。」
「でも姫野さん、ちょっと疲れてるかもしれないので…彼女はそっとしておいてあげて下さいね。」
立花さんのそんな言葉を聞いて、本条課長がピクッと反応した。だからそのまま座って話をする流れになると思いきや、鳴海部長が席を立ち奥へ朝日奈課長を通した。
そして再び部長が席に着いたことを確認して、本条課長はようやく私の向かいに腰を下ろした。
そして。課長もAセットにしたらしく、目の前には私と同じ食事が置かれた。
「なるほど、【鳴海部長が俺を社食に呼んだ理由】は姫野さんか。……ただいま、姫野さん。それにしても、和食セットを頼んだなんて意外だな。てっきり、洋食とかイタリアンの方が好みかと思ったが。」
「おかえりなさい、課長。…合ってますよ、イタリアンとか洋食の方が好きです。今日も最初は、オムライス食べたかったからBセットを頼もうとしてたんですけど…食欲無くなっちゃって、注文の時に。」
「うん。」
課長の、私を落ち着かせてくれる声は…今日も優しく鼓膜に届く。
あぁ。やっぱり私…この声、好きだな。
「私…騒がしすぎる場所、周囲の人の声が騒音とか雑音に聞こえて…ダメなんです。課長には昨日お話しましたが、大学時代に無理やり合コンに連れて行かれて…。その時に拒否しても無理に絡んできた男子大学生のことを思い出しちゃって嫌なんです。騒音から居酒屋を連想するので。周囲の声が騒音に聞こえるのは、たいてい5分未満で治ってきます。でも、それが治った後に…平たく言えば『常務の次は鳴海部長を口説いてる、男を取っ替え引っ替えしてる。』みたいな嫌味が聞こえてきて…。」
私は、自分のテーブルだけに聞こえるぐらい音量でそう伝える。その様子を見て本条課長もボリュームを下げてくれた。
「そうか、それで急きょ和食にしたんだな。和食の方が喉を通りやすい感覚があるのは分かる気がする。」
そう言いながら課長はメモを出し、筆談に切り替えてくれた。
ーしかし、それならどうして社食に来たんだ?
フラッシュバックのリスクや嫌なことが起こりうる可能性も…
あなたのことだ、予測はしてただろ?ー
大多数の人はここで「嫌なら来るな。」とか「無理して合わせなくていい。」とか…ごもっともな意見を言ってくるし、だいたいが【責める口調】だったりする。
しかも、こちらの"どうしてそれをしたいのか"という意図は聞いてもらえない。
だけど、課長はちゃんとそれも聞いてくれるし…言葉が出てくるのを待っててくれる。
それがとてもありがたかった。
「…えっ、なんで淑女がこんな所に居るの?」
「何言ってんのよ、鳴海常務に飽きられて捨てられたに決まってるでしょ?彼の本命の加々美さんも戻ってきたんだから。」
「それで今度は鳴海部長なの?やだ、玉の輿しか狙ってないなんて高飛車な女ね。」
―――
周りの声が騒音に聞こえて…うるさく感じるのは治ってきたけど、そのかわりにこんな嫌味が聞こえてきた。
さて、今回は誰に吹き込まれたのかしらね。
ホント暇な人たちよねー。呆れてものも言えないわ。
「姫ちゃん。ごはん食べながら、楽しい話いっぱいしようね!」
柚ちゃんが私の右側に座って手を握ってくれつつ、そう励ましてくれた。
「ありがと、柚ちゃん。」
柚ちゃんと話しながら食事の到着を待っていると――。
「お待たせ、2人とも。さぁ、冷めないうちに食べようか。」
鳴海部長がわざと明るく言いながら、私たちの分を運んできて下さった。
部長がそう言って下さったことで、"ヤバイ…睨まれる!"と何かを感じ取った人は言わなくなったけど、まだチラホラ嫌味が聞こえてくる。
こんなバカな会話は…聞き流すが勝ち。
こんなのに付き合ってたら、目の前にある美味しそうな筍ごはんと鰆の塩焼き…それから菜の花のおひたしと豆腐とワカメのお味噌汁が冷めて台無しだ。
「姫野さん、どう?まだ2日目だけど…。観月くんや本条課長に厳しくされ過ぎたりしてない?」
部長が話題を振ってくれた。
「部長ー!してないですよ、そんなこと!」
前のテーブルに座る観月くんが、体を捻ってこちらを向きながら、私と部長の会話を聞いてちょっと焦った様子で会話に入ってきた。
焦ってる…ちょっと可愛い。
「もう全然。本条課長も観月さんもとても優しいですし、丁寧に業務を教えて下さいますよ。」
私は部長と観月くん、両方に笑顔を向けた。
その瞬間、ちょっと観月くんが固まった気がした。
…えっ、観月くん?どうして固まってるの?
それに、心なしか顔が赤い気がするんだけど…まぁ、でも照れただけよね。
「そうか。それなら良かった、〔秘書課〕から引き抜いた甲斐があったよ。僕と本条課長がね。」
「僕と本条課長が〔秘書課〕から引き抜いた。」という言葉を、部長は周りに聞こえるようにわざと大きめの声で言ってくれた。ここまで言われれば、さすがに黙るしかないよね。
目の前には、部長の"営業"じゃない本当の【貴公子スマイル】がある。
なるほど。"これ"は確かに、柚ちゃんが「部長の笑ってる顔が一番好き!」って言うだけの破壊力はあるわね。現に…今も私の隣でやられちゃってるし。
「あと、姫野さんは覚えるの早いし…聞き漏らしが無いです。」
桜葉くん、ありがとう。
「そうか。桜葉くんから良い話聞けたな。良い関係作れてるね、安心したよ。でも、心配事とか相談事とかあったら遠慮なく言ってきてね。特にあなたの場合は、【不安】は体に毒だから。」
「はい、お気遣いありがとうございます。痛み入ります。」
「きゃぁー!本条課長が社食に来られるなんて!あの、席の確保にお困りでしたらご一緒しませんか?」
……えっ、本条課長!?
どうしてここに?課長もきっと騒がれるの嫌いだから、絶対…社食なんて来ないでしょう?
誰かに呼ばれた?…あっ、もしかしてここに来る間に歩きながら連絡してた相手って――。
部長ー!
正面に座る部長に視線を戻すと、目が合い…ウィンクされる。
やられたー!やっぱり、私が課長のデスクを見ていたの…気づいてたんですね。
「せっかくのお誘いですが、先約がありますので申し訳ありません。……鳴海部長、ただいま戻りました。」
そう言って、誘った女性社員の傍を足早に通過してきた本条課長は、一直線に私たちのテーブルへやってきた。
「それで?…俺はどこに座れば?」
「"ここ"。」
そう言って部長が指で指し示したのは…【私と部長の間の誕生日席】だった。
「…えっ、"ここ"ですか!?…さすがに"ここ"は邪魔でしょう。それなら、もうちょっとこの机を奥にずらして…もう一つ机繋げますよ。」
そう言って机を動かし始める本条課長に、「昴、俺も手伝うから"そっち"行っていい?」と朝日奈課長が申し出た。
それに対し本条課長は、「俺は良いが…女性陣に聞けよ。おそらくこの集まりは、女性陣プラス部長の構図だから。」とこちらに回答を委ねてきた。
柚ちゃんと立花さんが、私の様子を窺っている。きっと、さっき嫌味を言われから"少し疲れたんじゃないか"と気を遣ってくれているんだ。
「いいですよ。朝日奈課長、いらして下さい。」
「でも姫野さん、ちょっと疲れてるかもしれないので…彼女はそっとしておいてあげて下さいね。」
立花さんのそんな言葉を聞いて、本条課長がピクッと反応した。だからそのまま座って話をする流れになると思いきや、鳴海部長が席を立ち奥へ朝日奈課長を通した。
そして再び部長が席に着いたことを確認して、本条課長はようやく私の向かいに腰を下ろした。
そして。課長もAセットにしたらしく、目の前には私と同じ食事が置かれた。
「なるほど、【鳴海部長が俺を社食に呼んだ理由】は姫野さんか。……ただいま、姫野さん。それにしても、和食セットを頼んだなんて意外だな。てっきり、洋食とかイタリアンの方が好みかと思ったが。」
「おかえりなさい、課長。…合ってますよ、イタリアンとか洋食の方が好きです。今日も最初は、オムライス食べたかったからBセットを頼もうとしてたんですけど…食欲無くなっちゃって、注文の時に。」
「うん。」
課長の、私を落ち着かせてくれる声は…今日も優しく鼓膜に届く。
あぁ。やっぱり私…この声、好きだな。
「私…騒がしすぎる場所、周囲の人の声が騒音とか雑音に聞こえて…ダメなんです。課長には昨日お話しましたが、大学時代に無理やり合コンに連れて行かれて…。その時に拒否しても無理に絡んできた男子大学生のことを思い出しちゃって嫌なんです。騒音から居酒屋を連想するので。周囲の声が騒音に聞こえるのは、たいてい5分未満で治ってきます。でも、それが治った後に…平たく言えば『常務の次は鳴海部長を口説いてる、男を取っ替え引っ替えしてる。』みたいな嫌味が聞こえてきて…。」
私は、自分のテーブルだけに聞こえるぐらい音量でそう伝える。その様子を見て本条課長もボリュームを下げてくれた。
「そうか、それで急きょ和食にしたんだな。和食の方が喉を通りやすい感覚があるのは分かる気がする。」
そう言いながら課長はメモを出し、筆談に切り替えてくれた。
ーしかし、それならどうして社食に来たんだ?
フラッシュバックのリスクや嫌なことが起こりうる可能性も…
あなたのことだ、予測はしてただろ?ー
大多数の人はここで「嫌なら来るな。」とか「無理して合わせなくていい。」とか…ごもっともな意見を言ってくるし、だいたいが【責める口調】だったりする。
しかも、こちらの"どうしてそれをしたいのか"という意図は聞いてもらえない。
だけど、課長はちゃんとそれも聞いてくれるし…言葉が出てくるのを待っててくれる。
それがとてもありがたかった。