秋色紫陽花
ゆっくり体を起こして、ローテーブルの上のグラスへと手を伸ばす。
「ほら、雨が本気にならないうちに送ってやろうか?」
グラスの中で揺れる氷の音に気づいて、彼が振り向いた。
もういい、しつこいってば。
「いいって、勝手に帰るから」
突き放すように返して、テレビを観たままアイスコーヒーをひと口。グラスに浮かんだ氷が滑ってきて、上唇に激突した。
じんと沁みるのは痛みなのか冷たさなのか……どっちでもいいけど恥ずかしいし、ムカつく。
まさか見られてはいなかったかと彼を窺うと、まだ窓に貼り付いて空を見上げてる。
いったい何が楽しいんだろう。
さっきからずっと、外の様子と天気予報ばかり気にしてる。そのたびに私に早く帰るよう促して。
それなのにローテーブルの上に何種類ものお菓子を出してきたり、アイスコーヒーを淹れてたり。今淹れてくれたアイスコーヒーは既に二杯目。
こんなにもてなしてくれるのだから帰るに帰れない。というのは私の言い訳。
グラスと氷の触れ合う音と窓ガラスを叩く雨音が相俟って、こそばゆいメロディを奏で始めた。
「この窓、風当たりが強いね」
窓の外に夢中になってる彼に、声を掛けるのは正直気が引ける。