Again
「おはよう」

「おはよう。今日から旦那さんいないんでしょ? 羽を伸ばして飲みに行こうよ。いつも気を使って誘わないんだけどさ、留守の時くらいはいいんじゃない?」

「そうね。行こうか」





デスクにいた久美は終業前のコーヒーを飲みながら、葵を誘った。



独身時代は週の内、3日は夜のバイト。空いている日は久美や他の同僚と食事に行ったり、買い物に行ったりと予定が埋まっていた。結婚すると気を使って誘いは滅多に来なくなった。葵も主婦になった自覚から、真っ直ぐに家に帰ることにしていたのだが、どこか置いて行かれている感じがあった。



独身の久美は既婚の葵を羨ましがり、既婚者となった葵は独身の久美を羨ましく思うようになる。人間は我儘だ。



毎日の主婦業と仕事の両立に辞めたくなったときも最初はあった。しかし、気分の入れ替えと社会につながっていることの嬉しさが湧きあがり、仕事を違う角度から見ることが出来るようになってからは、広報と言う仕事では視点の捉え方が変わりつつあり、会議でもアイデアが生まれるようになった。これは結婚のメリットだと言えるかもしれない。

何事も為にならない事はないのだと学んだ。しかし、心にある虚しさは消えず、両立をしている自分が、報われないと思う。少なくとも、愛されている実感があれば、まだ、頑張れる。それを感じられるようになるのは、いつになるのかと毎日思わない日はない。だが、この旅行をきっかけに少し近づいているが分かる。あと少しだと、葵は、胸を熱くしていた。





「あー疲れた。パソコン用のメガネをしなくちゃだめかも」





久美は、目薬をさしながら言う。





「乾くよね~」

「市販のじゃ効かなくて、目薬の為に、眼科に行くって、めんどうなのよね」

「でも効くでしょ?」

「まあね。で、どこにする?」





ロッカー室で帰りの支度をしながら久美と飲む場所を決める。





「ねえ、久美。飲む前に、買い物に付き合ってくれない? それで食事をしながら少し飲むっていうのはどう?」

「うん、いいよ。何を買うの?」

「し、下着?」

「ふうーん。とうとう?」





まだ、体の関係がないことを知っている久美は、葵の体を上から下まで腕を組んで品定めをするように、見定めた。





「ち、ちがっ……最近、下着買ってないなあって思っただけだよ」

「はい、はい。そう言う事にしておこう」

「もう」





葵は、久美にからかわれ、年がいもなく顔を赤らめた。



フランスでの旅行に期待しないわけではない。一緒のホテルで一週間も泊まるのに、何もないことはないだろうと。観光をして二人の会話が弾んで関係も深くなり、仁がそういう気分になって求めてくれば葵も拒否はしない。



下着を買い揃えるのだって、葵の女心だ。



ロッカーを閉め、バッグを肩にかけ久美と並んで、ロッカー室を出る。



今日から暫く独身に戻る葵は、時間を気にすることない買い物を楽しみに、夜の銀座へ繰り出した。

途切れることのない会話、とりとめのない話。揶揄われつつ選んで買った下着。どれも葵には楽しい時間だった。



結婚とは、自分の時間が、生活に取られ、自由になる時間が無くなることだ。そんな風に今日の一日で思ってしまった。



覚悟の結婚だったが、腹を据えて挑んだわけじゃないと、改めて思ってしまった。



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