むとうさん
ムトウさん と呼ばれたその男性は、冷めたトーンでそう言った。

歳は20代後半といったところだろうか。

勤め先の都内ではオシャレなスーツを着こなすスマートな男性達はたくさんいる。手足が長く、顔が小さく、紺地のピンストライプのスーツにフランクミュラーを合わせるような。

そういった女性受けする雰囲気ではないのだけど、仕立ての良さそうなスーツだ。よく見るとどうもダークスーツだがマオカラーだった。

「むとうさんはやっぱりウィスキーなんだ。ジンとか飲まないの?」

やだバーテンダーさん私に気を遣ってる?ムトウさんは一見さんじゃないのにこんな感じだからどう見ても1人で飲みたくて来てるのじゃないか。私を絡めた話題で話す気なんてないんじゃないか。そんなことで少し気を揉んだ。

ムトウさんは一口琥珀色の液体を飲むと、「便所かりますよ。」と言って席を立って店の奥の扉へ入っていった。




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