もう一度、あなたと…
「太一…」

懐かしい名前を呼んだ。
もう夫婦じゃないから、ホントは苗字で呼ばなければならないんだけど…。

「ありがとう…付き添ってくれて…心配させて…ごめん…なさい…」

涙ぐんでた目を思い出した。
この人がどんなに私を心配してたか、あの目を見たら分かる。

左側にやって来る。
手を差し出し握ってもらう。
ゴツゴツした手が包む。
でも、思ってた感触と少し違う…。

(あれ…こんな感じだったっけ…?)

離婚する前から殆ど触れ合わなかった。
だから久しぶり過ぎて違う気がするんだと思った…。

「…久しぶりだな…」

ぼそ…と囁く言葉に涙が溢れた。

ずっと握って欲しいと願ってた人の手に包まれてる。
別れた後もずっと、この手に触れたいと思ってた気がする……

「…太一…」

ぎゅっと握り返すと背中にひびく。でも、今しか握り返せないーーーー

いつも背中ばかり向けてた人が私を見つめる。
こんなふうに見てくれたのも…多分、久しぶりだ…。

「…看護師さんに言ってくるか…目を覚ましたって…」

父の声に促されて、母が立ち上がった。

「私も一緒に行きます」

舞が側を離れる。
まるで気を使うような三人の行動に、少し戸惑った。

「舞はいようよ…」

そう願うと、ちらっと太一を見た。

「大丈夫。すぐに戻るから。杉野君と話してなさいよ。…あれからずっと…話してないんでしょ?」

離婚してから…という意味の言葉を残して、舞は両親と部屋を出ていった。
太一と二人だけになるのは久しぶり。
何を話せばいいのか、相変わらず迷う…。


「……痛むか?」

言葉少なく聞かれた。

「うん…何だか息しづらい。肋骨折ってるせいかな…。右足も痺れてる感じするし…情けないね…私…」

あはは…と力なく笑った。
困った顔をする太一が、私のことをこう説明した。

「エリカはいつも…不器用だったからな…」

聞いたことがある様な気がして、え…⁉︎ と声を上げそうになった。

「大学の頃も沢に落っこちて…よくよく考えたら、ドジばっか踏んでたよな…」

懐かしそうな顔で、過去を振り返る。
少し明るい表情になる太一を見てたら、気持ちが落ち着いてきた。

「…良かった…」

安心して呟いた。

「何が?」

太一が聞き返す。こんな近い距離で話をするなんて、新婚以来だと気づいた。

「太一が…笑ってるから…」

ずっと、どんな顔でいるのか気になってた。
一緒にいた頃のように、渋い顔をしているんじゃないかと思っていた……。

「…俺も久しぶりな気がする。エリカの笑顔見るの」
「…お互い…いつも一人だったもんね…」
「ああ、そうだったな…」

窓辺に揺れる樹木の枝を眺めて思い出してた。
太一の実家で唯一ホッとできる場所。
庭先の縁側。
亡くなったお義母さんが植えた桜の花が、毎年見事な花を咲かせていたーーーー
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