ハロー、マイファーストレディ!
スマホを持ち上げた私の左手首には、重くて頑丈な手錠がはめられていた。
鍵が掛けられている訳ではない。
その気になれば簡単に外せるはずのそれを、気づけば私はぼんやりと見つめていた。
ディープブルーの文字盤が、スマホのディスプレイの僅かな光をきれいに反射している。
秒針がカリャリカチャリと、一秒ずつ確かに時を刻む。
これを見る度に思い出すのは、十年前無念を抱えて命を絶った、両親の顔のはずだったのに……
今、私の頭の中を占領しているのは、どういう訳か、嘘つきで強引な一人の政治家だった。
“ああ、なんてこと”
私は一人呆れて、瞼をゆっくりと閉じる。
私を馬鹿にする、自信に満ちあふれた顔。
外では決して見せない、意地悪く笑う口元。
ソファで眠る、疲れきった背中。
からかうように触れてきたかと思えば、優しく包み込むように頭を撫でる手。
ベッドの上で私を見下ろす熱い視線。
そして、少年のように屈託無く話す柔らかな表情。
閉じた瞼の裏に浮かんでくるのは、悔しい事に、素顔の高柳征太郎ばかりだった。
“あれほど固く誓ったのに”
それがどうしてなのか、その答えにたどり着いたとき、感じたのは自分への失望ではなく、なぜか清々しいまでの敗北感だった。
騙されてはいけないと思いつつ、いつの間にか高柳征太郎に上手く手懐けられている。
それどころか、私はあれほど頑なに拒んでいた感情に、支配され始めていたのだ。
“これは、違う、恋じゃない”
どれだけ否定しようとも、自分自身は誤魔化せない。
久々に感じた“はじまり”の感覚と、胸の高鳴りが、あっという間に全身を支配していく。
私は瞳を開いて、再びゆっくりとスマホをタップした。