二人の『彼』
お弁当生活が何日か経った、ある日の正午。
「見回りがてら、お弁当を貰ってきます」
と、土方さんに話している沖田さんの姿をたまたま目撃した。
先輩の努力あって、最近になってようやく弁当の存在とご飯の時間の認識をしたようだ。
「藤堂さんも、一緒に来ますか?」
「え……?」
「好きにしろ」
と土方さんも言うので。
俺は沖田さんと、四季へ向かって歩いていく。
なんていうか、この人は何を考えているのかよくわからない。
どこを見ているのかさえも。
掴めない人だと思う。
言うならば、水を掴もうとしている感じ。
空気みたいに実体が無いわけでもなく、確かに感触はあるのに、すり抜けていく感じだ。
「心配ですか?」
「そりゃあ……まあ」
「へえ。藤堂さんが俺のことを心配してくれるなんて意外だなあ」
「俺が心配してるのはあんたじゃなくて先輩です!」
本気なのかからかっているのか──後者だろうけど──そんな会話を挟んでくる。
この人の笑い方は愛想笑いにしか見えない。
誰に愛想を振り撒いてるのかは知らないけど。
しかしその時、一瞬にしてその愛想笑いが消える瞬間を見た。
一変して鋭くなった沖田さんの視線の先追う──そこには。
膝からくずおれた状態の先輩の姿。
「がっ?!」
「っ?!」
しかし俺が状況を把握する前に、すぐそばから奇声が聞こえた。
沖田さんの方を向くと、ひっくり返った男と、それを手早く拘束しようとしている沖田さんがいた。
「え、な?!」
一瞬すぎて何が起きたのか全く分からない。
でもとりあえず、くずおれた状態の先輩の元へ向かう。
「大丈夫?先輩」
「うん……」
先輩が俺の手を借りて立ち上がると、二人で沖田さんの方へ戻る。
先ほど拘束していた男の姿はもうなく、その代わりに沖田さんの手にはお弁当が握られていた。
「金目のものかとでも思ったんですかね」
はあ、とため息をつきながら、手に持ったお弁当を掲げる沖田さん。
その言葉でようやく、どうやらひったくりに遭ったらしいことが読み取れた。
さっき沖田さんの隣で転がっていた男が、ひったくり犯だったってことか。
まあ、確かに先輩のお弁当は、価値のあるものかもしれないけれど。
「十分に脅しておいたので、もう大丈夫だと思いますよ」
「ありがとうございました」
丁寧にお礼を言う先輩は、怯えの表情が見える。
「だけどまあ、あの人のお陰ですれ違わずに済みましたね。感謝はしませんけど」
先輩の方を見つめると、沖田さんはにこりと笑う。
それでいくらか先輩の表情も緩んだようだ。
だが、続けて沖田さんは言う。
「お弁当が無事でよかったです」
「え……」
からかってるのだと解りつつも、俺は抗議しようとした──が、その寸前に沖田さんはさらに続けた。
「もちろん、あなたも」
全く。
本当に、食えない男だ。