TRIGGER!2
「あんたはあの時、そんなあたしを見て“気持ち悪い”って言ったよねぇ」
「・・・よく覚えてんな」


 多少申し訳ない気持ちも含みながら、彩香は言った。
 今なら、少しは分かる気がする。


「あの時はさ、不毛だと思ったんだよ。もう居ない相手に、偽物と分かっていて接するあんたも・・・あのホクロのヤツも」


 それを言うと、立川はフッと笑って。


「だからあたしはあんたの事を、至極まともだって言ったんだ」
「ーーいや、そうでもないよ」


 生まれてからの生い立ちを考えると、自分がまともな人間だとは、到底思えなかった。


「もう一つ、覚えているかい?」


 四階のヤツとレッドルビーに行ったときの会話。
 目の前にいるサトシが本物か偽物かどうかなんて、取るに足りない小さな事だと。
 大事なのは、サトシがいた事実を忘れてしまう事。
 サトシという最愛の人と過ごした過去を無くす事。
 立川にとってこれが一番怖かった。


「あたしが飲んでた薬はねぇ、非合法で裏に出回っているものだったんだよ。でもね、あの薬がなかったら、今頃あたしは生きてはいなかった。けど、それでもね」


 立川は、静かに目を閉じる。


「サトシを忘れて生きるなんて、死んでるのと一緒さ」


 彩香の目つきが鋭くなる。
 ここまで聞いたら、何となく話が見えてきた。


「もしかしてあんた・・・薬を止めるって、医者に言ったのか?」


 彩香の言葉に、立川は目を開ける。
 その瞳には、悲痛さが滲み出ていた。


「・・・サトシが来てくれるようになって、ちゃんと過去を受け入れようと思ったんだよ。辛いけど、寂しくなったらサトシが来てくれる。そしたらあんな薬、いらないだろ?」


 例えそれが、偽物だと分かっていても。
 会話がなくても。
 首に大きなホクロのついたサトシの姿を見るだけで、心が癒される気がした。


「でもね。あの先生はいい人だよ。本当に親身になってくれた。患者を救おうとする気持ちは、人一倍強い先生だよ」


 彩香は黙っている。
 じゃあどうして、こんな目に遭わなければならなかったのか。
 その質問は、彩香の口から発せられる事はなかった。
 目の前の中年のオバサンは、誰も恨んではいない、そう思ったから。


「少しーー疲れたねぇ・・・」


 そう言ってまた、立川は目を閉じる。
 そんな彼女は、さっきよりも心なしか穏やかな表情をしているように、彩香には思えた。
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