飼い猫と、番犬。【完結】
梅雨も明け、夏らしい日差しが降り注ぐ朝。
井戸で顔を洗っていた俺の背に穏やかな声が掛けられた。微塵も嫌味に聞こえないところがまたそいつの成せる技だと思う。
めんどいなぁもう。
正直あまり積極的に関わりたい相手ではない。井戸の縁に掛けてあった手拭いであえてゆっくりと顔を拭って後ろを振り返った。
「おはようございます伊東参謀。別に仲裂きした訳ちゃうのに何で間男なんや思います?」
「おはようございます。まぁ艶聞は色々と尾ひれが付き物ですからね。それより参謀はよしてくださいよ、まだまだただの新参者ですから」
ね?と微笑むその人は、歌舞伎の二枚目のような色男ぶりで朝日に輝く。
その人当たりの良さから此処でも徐々に人望を集め、副長不在の中行われた先の隊の再編では、局長の一任で参謀職にまでついてしまった。
元々江戸では道場を開いていた程の腕もあり、謙虚で立場を鼻にかけることもないこいつに取り巻く奴等も増えてきた。
しかしながら異国の挨拶の件といい沖田の件といい、中々に胡散臭い男である。
すけこましめ。
「ほな伊東はん、どないかはしはったんですか?」
「いや、大した用はないんだけどね。ただ折角こうして二人きりになったからちょっと聞いてみたくて」
そう言ってにこやかに差し出されたのは右手。いつかのあれ
だ。
「これ、山崎さんも知っているでしょう?一体どこで学んだんですか?」