ストックホルム・シンドローム
「君のお父さんはS会社の部長さんで、お母さんは…保育士、だよね。羨ましいな、二人とも優しくて。僕の父親は不倫ばっかりで、いつも母さんを泣かしていたよ」
「…なんで…そんなことまで、知って…」
「ん?僕は沙奈の全てを知ってるよ。住所とか、生年月日とか…昔付き合ってた彼氏とか、ね」
沙奈が息を呑む声が、耳に入った。
聞こえないふりをして、僕は天井を仰ぎ見ながら、淡々と言葉を紡ぐ。
「一人目は、中学一年生の時。茶髪の不良に告白されて、まんざらでもなかったからオーケーしたんだよね。けど、二年の時、そいつが浮気して別れた」
沙奈を横目に見るけれど、彼女の顔はなんの表情も見せてはいなかった。
「二人目は高校一年生。爽やかな優等生だっけ?結構長く続いたけど、次第に態度が冷たくなってきて、別れを切り出された」
…酷い奴らだと思う。
そして、節穴の目を持つ奴らだとも思う。
どうして沙奈を捨てたのだろう?
どうして彼女と別れたのだろう?
こんなにも美しくて、愛らしいのに。
「…僕はそいつらみたいに、軽い気持ちで沙奈を愛したりはしない。本当に沙奈を愛しているのは、僕だけだ」
「…」
沙奈は黙りこくり、何か声を発したりはしなかった。