ストックホルム・シンドローム
…白いワンピースを身に纏う沙奈を眺めるたびに、比喩でもなんでもなく、彼女は天使だろうかと感じる。
光沢のある艶やかな髪といい、端麗な顔立ちといい、鈴を鳴らしたような声といい…。
沙奈の全てが、まるで天使のように、僕の目には映るんだ。
「…ねえ、沙奈」
押し黙っていた沙奈に声をかけると、瞬間に揺れる、ベッドの上の身体。
拘束された手が、足が、魅惑的に震えた。
「…もしも僕が手錠を外して、足の縄を切って、目隠しを取ったら…君は、僕から逃げる?」
沙奈に問いを投げかけるけど、一向に答えは返ってこない。
僕は落ち着いた口調で、繰り返し、問う。
「…もしも拘束を外したら、君は僕から、逃げていく?」
「…逃げない」
その言葉に、僕は顔を横に向ける。
沙奈の唇はなおも、言葉を形作った。
「…逃げない。逃げない。だから手錠を外してよ。絶対、逃げないから」
「…悪いけど、それは無理だよ。君にまで離れられたら…」
「…信じてくれないの?」
…沙奈の声が、鋭く、僕の胸を突いた。
そりゃ…沙奈を、信じたいけれど。
それでも。
「…まだ無理だよ。愛することと信じることは違う。君は現に、彼氏が好きだったのに、否定する彼の浮気を信じただろう」
愛しているから信じる、なんて公式は簡単には成り立たないものだから。
そうだ。
――チアキのときだって、そうだった。