ストックホルム・シンドローム
「どうせ嘘だろう!?君はこれでも、僕のことを愛してるなんて言えるのか!?嘘つき!そうだ、そうなんだ、今まで僕のこと拒絶してたくせに!」
沙奈は身動き一つせず、首筋からは少しずつ鮮血が溢れている。
もう、何もわからなくなりそうだった。
ナイフを持つ手に力がこもる。
このまま、沙奈を、殺せば、僕は――。
「チアキのように、君も僕を…!」
「…好きだよ。愛してる」
沙奈の言葉に、ナイフすらも床に落ちて。
静まった部屋の中、それは虚しく琥珀色の海に浮かんだ。
その音は、ひときわ大きく、四方の壁に
反響した。
「…わたし、それでも、あなたが好き」
「…っ」
強張っていた筋肉が、ほぐされる。
…好きだよ。
…あなたが。
…僕はベッドに手をついた。
「…僕のことを、本当に…」
「…大好き」
「…ありが、とう…」
他に言葉が、見つからなかった。
濡れたナイフを掴み、足を縛る縄を断ち切った。
沙奈の目隠しを取ると、三ヶ月ぶりに見た彼女の美しい瞳。
そこに映る僕の頬には、透明な水滴がついていた。
「やっぱり、あの時の…図書館のことを
訊いてきた人だったんだ」
沙奈は、ふわりと、鮮やかに、笑った。
僕は沙奈の手錠の鍵を取り出し、鍵穴へと当てた。
軽やかな音が鳴って、手錠が外れる。
彼女の手首には、赤い、手錠の跡がはっきりと残っていた。