いと。

『戸澤』

その名前を耳にした途端、母の笑顔はみるみる消え、一気に凍りついた。

「戸澤?と………ざ…わ…………信?」

「…え?違う……よ?曜。戸澤曜。

信は…確か曜のお父さん、つまり社長本人だったと思うけど……。」

「………………曜。」

呟くように彼の名前を口にした母は、凍りついた笑顔を今度は真顔に変えて私に詰め寄った。

「彼の年は?兄弟はいる?」

「え?………あぁ、曜は私より2つ下。お兄さんが…いるはずだよ。会ったことはないけど。

…………どうしたの?」

いつもはただ病的にほんわかとしている母が、どこか焦ったような苦しいような顔をして頭を抱えている。

「お母さん?苦しい?どこか痛いの?」

心なしか呼吸も荒い気がする。

こんなこと、今までなかったのに…。

どうしていいかわからず肩に手を伸ばすと、

「……そうだ。………………そう…だ。」

俯いた母から悲しそうな呟きが落ち、頭を抱えていた腕は何かを諦めたみたいにだらりと下がった。

手をかけられなかった私は空に伸びたその手をキュッと握り、下ろした。

「お…母さん…?どうしたの?」

こんなこと、今までなかった。明らかに態度が…行動が…違う。


これ………って、もしかして……。


「まさか、記憶が戻って…る…の?」

その言葉に顔を上げ私をまっすぐ見つめる母の瞳は揺らいでいて、次第に心が何か一点に集中するように焦点が合わなくなった。

「………お母さん?」

明らかにこれまでと違う表情で必死に何かを手繰り寄せているようにも見える。


どくんどくんと心臓が鳴る。


『産みたくない』


『殺して』


いつか見てしまった日記の一文が浮かぶ。


私を思い出したら……お母さんは………


私を、憎む?


それとも、拒む?


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