いと。
「………昔話?」
事務的な会話しかしない父が自分の昔話をと言い出すなんて。
「そうだ。今あるとされてる真実は…事実とは違うんだ。
………私と眞城、その妻…私は旧姓の原田と呼んでいたが。
3人は同じ大学に通っていた。
ふたりは学年がひとつ下だった。
原田と出会ったのは偶然。大学の食堂の相席だった。
京都の旧家で育ったお嬢様の彼女は初めて一人暮らしをしていたそうだ。
美人な上に所作が綺麗で凛としていてな、周りのキャッキャした軽い女共とは明らかに格が違っていた。」
愛の母親…。確かに今でも、そういう雰囲気は醸している。
「同じ学部で同じ教授に師事していたこともあり気づけば気軽に会話もするようになっていった。
当時父は私の結婚相手を探していて…彼女しかいないと思った私は父に頼み込んで縁談を結んでもらった。」
「……勝手に?じゃあ婚約者だった…ってことか?」
「そうだ。家柄は申し分なかったし、向こうもの家もこちらの稼業を知っていて承諾したんだ。
でも………すでにその時原田は眞城の女だった。
経営学を学んでいた眞城はあるレストランでバイトしていて、社会勉強の名目でそこに同じバイトで入った彼女とあっという間に恋人関係になったそうだ。
どんな手を尽くしても彼女はこちらを向かなかった。
やがては親も諦め、見苦しいのは止めろと言われて話は消えた。
その後卒業し、父の下で働きながら決められた相手……お前らの母親と結婚して亨が産まれた。
数年後再会したふたりはもう夫婦になっていたよ。
一軒のレストランのオーナーシェフとその妻としてな。」
旧家という家柄なら一般家庭との縁談は難しいはず。
それでも……結ばれたってことか。
「それならなんで手を出すようなことしたんだよ。」
強い絆があると、わかっていたはずなのに。
すると父はニヤリと口角を上げ、オレを笑った。
「……お前だってダメだとわかっていてもこれだけ必死に探すくらいあの娘に惚れたんだろう?」
「それは………。」
「往生際が悪いのは私譲りということだ。
恋人の存在に強く嫉妬しなかったか?
何をしてでも欲しいと思わなかったか?」
「……っ!」
その気持ちは確かにあった。どうしようもなく、愛を求める気持ち。
「つまりはそういうことだ。
昔のことはもう忘れたと、同じ経営側の人間として眞城との関係を築き、近づいていった。
そしてあの日…、ひとり留守を預かる彼女の元へ行ったんだ。」
「飲めない酒を少しでいいからと勧め、少しだけ睡眠薬を混ぜ眠らせて………」
「自分勝手に思い通りにしたのか。」
「………………。」
「そうなんだろ?」
「…………いや、そうじゃない。」
否定する顔は苦々しく歪み、焦点も合わない。
「…は?だって愛の母親はそうだと…。」
あんなに傷ついた顔で語っていた。
「だろうな。そう思うよう仕向けたのは事実だ。」
「……仕向けた?」
「意識の薄れていく彼女に関係を迫ったよ。戸澤の力で事業を大きくしてやると。
でも…
『家という後ろ盾がないと何もできないあなたは総一郎さんには必要ない』
きっぱりとそう言われた。
その後は怒りと欲望に任せて朦朧とする彼女をベッドに運んで。でも………。
原田は意識のない体で必死に抵抗しながら、何度も何度もあいつの名前を呼んでたよ。
………完敗だった。
それ以上は何もしてない。その代わりにいくつも印をつけ、まるで関係を持ったと思わせるようにしたんだ。
単なる腹いせだった。
そのしばらく後に妊娠を知り、…嫉妬と敗北感からわざとそれらしく声をかけた。」