形なき愛を血と称して。【狂愛エンド】
「また、逃げようとしたのか」
と、部屋に入ってきたこの現状の遂行者は、大げさな溜め息をついていた。
愚かな者を見るようでありながら、出来の悪い子を諭す面持ちであったのは彼の唇から窺える。
「あんまり力を入れては、骨まで食い込むよ?」
労る彼の手にはペンチ。
彼女の拘束を解き、手首に出来た赤いの輪に消毒液をかける。
「い、っ……!」
「我慢しなさい。自分でやったことなんだからねぇ」
破傷風防止の殺菌だが、それ以上の手当てをしなかったのは、彼女に痛みを持って自業自得であると教え込むために。
「いい加減、僕からは逃げられないと自覚しないとねぇ」
足首の拘束は残っている。
自由になった腕を使い、這って移動する彼女を、リヒルトは見下ろしていた。
「う、うぅ」
羽は使えない。飛べないように皮膜を破いた。さぞ惨めな移動方法でしかないとトト本人も思ったかーーそれでも、床を涙で濡らしながら、部屋から出ようとするトトの頭には彼から離れることしかない。
「トトちゃん、お腹空かない?」
数センチほどしか移動していなくとも、トトにとっては必死の距離。それを事も無げに引き戻すーー更に部屋の扉から遠のく位置にまで引きずるリヒルトの頭には、トトをそばに置くことしかなかった。
「食べなさい」
食事は、彼の胴体から。
ここに来る前に胸元を切ったのだろう。はだけたシャツから、自傷の証が覗く。
いやいやと首を振る彼女の頭を無理に掴み、唇を傷に押し付ける。
「これ舐めなきゃ、次は首を切るから」
「っ!」
ややあって、トトの舌がリヒルトの胴体を這う。トトに食事を摂らせる方法として思い付いたことだが、存外に効果的であった。
自傷はどこを取っても傷つけることに違いないが、それが自殺の域に達することはない。
自殺をほのめかせば、トトは大人しく従ってくれた。