冷徹なカレは溺甘オオカミ
あまりの儚げっぷりに、つい口をついて出る謝罪の言葉。

……もともとは、矢野さんが彼女のサプライズバースデーのために予約したディナークルーズだもんね。

本当なら彼女とデートに行っていたはずの土曜日、自宅でひとりきりでアルコールに溺れていたなんてなんと悲しいことか。



「いやいやいや。印南と柴咲さんが楽しんできてくれたなら、それだけでチケットを予約したときのウキウキしていた俺は浮かばれるわ」

「矢野さん……」



自分も行きたかっただろうに、その気持ちを押し込めて笑みを向けながらそう言ってくれる。

やっぱり矢野さん、いい人だな。

……『いい人だな』って、結局そこ止まりで恋愛感情には発展しないのが、この人の残念なところではあると思うんだけど。


横断歩道の信号が青に変わったので、ふたりそろって歩き出す。

すぐそこにあるオフィスビルを目指しながら、わたしたちは他愛もない世間話を続けた。

そしてちょうど、ビルの入口にある自動ドアをくぐったとき。



「──ああでも、そういえば」



そんなふうに矢野さんが言うから、わたしは何気なくまた彼へと顔を向ける。



「サプライズのバースデーケーキ、あったでしょ? あれちゃんと持ってきてくれた?」

「あ、はい」



あのときの状況を思い出して、つい苦笑してしまいつつもうなずいた。



「わたし、全然聞かされてなかったので驚きました。印南くんも知らなかったって」

「まー俺、あえて言わなかったからね。で、そんときの印南の様子、どうだった?」

「え?」



その質問の意味もそうだけど、『あえて言わなかった』という矢野さんのセリフが引っかかって首をかしげる。

そこで矢野さんは、なぜだかにやりと悪そうに笑った。
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