冷徹なカレは溺甘オオカミ
……そんなふうに、考えたことなんてなかった。

というか自分でそんなこと考えてたら、ただの自意識過剰な人だし。



「だから、あなたに近づけないことを、噂のせいにして。自分たちのやっすいプライドを、必死で守ってるんですよ」

「……印南くん、今結構ひどいこと言ったよ……」



失言ですね、なんて、彼は素知らぬ顔で言うけど。

今の話、さりげなく、男性社員たちをフォローしたんでしょう?

わたしのことも助けてくれながら、相手を悪者には仕立てない。

いつだって無表情で冷静な彼の、やさしいところ。


……ああ、もう。

こんなの、恋に落ちるなっていう方が、無理だ。



「本題を、忘れるところでした」



思い出したようにそう言って、ようやくわたしへ視線を向けた。

びく、と肩を震わせ、その整った顔を見上げる。



「柴咲さん、最近の態度は──」

「……ごめん、印南くん」



話をさえぎっての謝罪に、印南くんが眉を寄せた。

わたしは構わず、背を向けてドアノブに手をかける。



「ごめんね」



これ以上何も追及されないよう、肩越しに振り返りながら笑みを作って言いきった。

また彼に捕まらないうちに、扉を開けてするりと廊下へ身体をすべらせる。


どうやら、印南くんはもう追ってくるつもりはないらしい。

ちょうど来ていたエレベーターに素早く乗り込んで、【11】のボタンを押してから壁に頭を寄りかからせた。


あーあ、こんなつもりじゃ、なかったのに。

絶対迷惑がられるだけだって、言い聞かせてたくせに。

さっきまで彼とつながっていた左手で、まだ熱を持ったままの頬にそっと触れた。


……ごめん、印南くん。

わたし、きみのことを、すきになってしまいました。
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