冷徹なカレは溺甘オオカミ
「……まわりに、聞かれたくないような話ですか?」



耳に届いたその言葉に、思わず顔をあげた。

ようやく視線が交わった彼は、相変わらずの無表情のまま、じっとこちらを見つめていて。



「……ッ」



その眼差しに体温が上昇してしまうのを感じながら、小さくうなずいた。

すると印南くんは、静かに椅子から立ち上がる。



「? 印南く、」

「こっちです」



つぶやいた彼はあっさりとわたしの右手首を掴んで、同じように立ち上がらせた。

戸惑うわたしを気にもとめず、印南くんはそのまま歩き出す。


そうして彼が足を踏み入れたのは、いつかの業務命令を下した、あの会議室で。

カチャン、とやけに響いた施錠の音に反応して、わたしの心臓がわかりやすく大きく鳴った。



「……ここなら、誰かに聞かれることもないでしょう」



ドアノブから手を離し、印南くんがこちらを振り向く。

この部屋に入った瞬間から、すでに掴まれた手は解放されていた。まっすぐな彼の眼差しから逃れるように目を泳がせ、さっきまで触れられていた右手首を無意識に左手でさする。


……これで、最後になる。

こんなふうに、私用でふたりきりになることも。

彼の思わせぶりな言動に、振り回されることも。


そう思ったらどうしようもなく泣きたくなって、けれどそれをたえるように、ぐっと眉間に力を入れた。
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