冷徹なカレは溺甘オオカミ
……あの、バカバカしい業務命令を下す前に、戻るだけ。

ただ、それだけ、なんだ。



「……印南くん、もう、やめよう」



つぶやいたセリフに、印南くんはかすかに怪訝な表情を浮かべた。

ああ、わたし、彼のこんな些細な変化もわかってしまうようになるくらい、気にかけていたんだな。

恋して、いたんだな。


すうっと、わたしは息を吸った。



「やめよう。……“偽恋人”の、関係」



印南くんのふたつの瞳が、明らかな驚きの色を持って見開かれる。

見て見ぬフリをして、わたしは続けた。



「もう、いいよ。十分、わたしは助けてもらったから。ごめんね、ずっと縛ってて」

「………」

「そろそろ、潮時だと思ってたんだ。だから、もう、印南くんは自由にして──」

「俺が、“自由”じゃなかったとでも言うんですか?」



耳に届いた冷たい声に、肩が揺れた。

おそるおそる見上げると、予想外に冷ややかな表情をした印南くんと目が合って、思わず口をつぐむ。



「この関係を持ちかけたのは、俺の方です。責任はこっちにあるのに、さっきのあなたの口ぶりだと、まるで柴咲さんが無理やり関係を続けさせていたみたいで、気に入りません」

「ッ、」



厳しい口調で、なのにその実やさしいことを言うから、胸が高鳴る。

一歩こちらに近づいた彼から逃げるように、わたしの足は無意識に後退した。
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