冷徹なカレは溺甘オオカミ
気合いを入れて、ぐっと、奥歯を噛みしめる。

そしてわたしは、自分ができる最高の笑顔を、彼に向けた。



「……よかったじゃない、印南くん。あんなかわいい子が、お嫁さんになってくれるなんて」



印南くんが、目をまるくする。

その表情をめずらしいと思う余裕もないまま、わたしは続けた。



「鈴音さん、すごくいい子そうだし。お似合いよ、ふたりとも」

「、しば」

「──だからやっぱり、“偽恋人”は、やめないと」



彼が口を開きかけたのをさえぎって、それを口にした。

食べかけのサンデーはそのまま、わたしは自分の財布から紙幣を取り出し、テーブルに置く。



「ごちそうさま。わたし、先に戻るわね」



にっこり微笑んで、椅子から立ち上がった。

背を向けて歩きだそうとしたわたしの手首を、誰かが掴む。



「柴咲さん」

「──、」



誰か、なんて、ひとりしかいない。

下くちびるを噛んで、わたしはその手を振り払おうとした。

けれども思いの外力強い印南くんの手は、簡単にはほどけなくて。反動で少しだけ振り向いてしまうと、眉を寄せてどこか傷ついた表情をした彼と、目が合う。


……どうして。

どうしてきみが、そんな顔を、しているの?
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