冷徹なカレは溺甘オオカミ
「(……なんだ?)」



疑問に思いつつも、歩く速度を落として視線をめぐらす。

すると喫煙所のそばに、今度は別の同僚たちの姿を見つけて。

彼らの会話の一部が耳に届いた瞬間、どうして柴咲さんがあんなにも身体を小さくしていたのかを理解する。



「───わ。───を彼女に───勘弁だけど」

「あーわかる。美人───、金とか───なら簡単に男と寝そう───、あの人」



財経部のふたりが話題にしているのは、おそらく柴咲さんのことで。

彼女は偶然それを聞いてしまい、出るに出られず観葉植物の影に隠れているのだろう。


……にしても、ひどい会話だな。

どうしてあの人たちは、同じ会社で働く同僚のことをあんなふうに言えるのだろう。


喫煙所の方に若干嫌悪の眼差しを向けてから、再度柴咲さんへと視線を戻した俺は。

目にした光景に、思わず足を止めてしまった。



「……ッ、」



血がにじんでしまうのではと心配になるくらい下くちびるを噛んで、両手のこぶしをぎゅっと握りしめて。

彼女はくしゃりとその美人な顔を歪ませながら、必死で涙をこらえていた。


そんな彼女のいじらしい様子に、一瞬にして心臓をわし掴みにされたような気分に陥る。

あくびを目撃した俺に恥ずかしそうに笑いかけた、あの笑顔を見た瞬間と同じく、目が離せない。
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