冷徹なカレは溺甘オオカミ
──健気に涙をこらえる彼女のことを抱きしめて、めちゃくちゃに甘やかしてやりたい。

だけど今は、それを実行していい時ではない。

ここで俺が出て行ったところで、おそらく彼女は素直に頼ってはくれないだろう。今までの付き合いから察するに、「なんでもないわよ」なんて言いながら、あの完璧な笑顔でかわされそうな気がする。


柴咲 柊華を、自分のものにしたい。

本気でそう思ってしまったのだから、確実に手に入れられるように、これからは仕掛けていかなければ。



「まっすぐ11階でいいですか?」

「おう。……なんか印南、機嫌良さそうだなー」

「……そうですか?」



エレベーター内の階数ボタンを押しながら、素知らぬ顔で答えた。

とりあえず、今日はこの後課内の飲み会だ。きっと柴咲さんも参加するだろうし、うまくやれば、距離を縮められるかもしれない。



「矢野さん。俺、がんばりますね」

「お? おー、がんばれ!」



なんのことだかわかっていないくせに笑顔でグッと親指をたてる矢野さんは、やっぱりイイ人だ。

自分は“イイ人”ではないな、と、泣き出しそうな彼女の表情を見た瞬間に高揚した気持ちを思い出して、俺は人知れず緩みそうになる口元をこぶしで隠したのだった。
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