ハルアトスの姫君ー龍の王と六人の獣ー
「本当に変な姫君だなぁ。とはいえ、おれたちも本物の姫君ってやつは初めて見るけどな。」
「そうなの?」

 ガイもシラも頷いた。

「私達には書物上のイメージしかありません。王族がこの地に足を踏み入れる…いえ、ジア様の場合は私達が故意に連れてきましたが、それでも、ジア様が初めてです。お姫様というのも、王族というのも。」
「…あたしが、初めてなの…。」

 そうとわかれば、知らないことは恥ずかしいことじゃない。それがわかって少しほっとする。また己の勉強不足を痛感するところだった。そんなことで落ち込んでいる暇なんてないのに、また立ち止まって考えてしまいそうになる。

「話は明日でもできるだろう。冷える前に姫君をちゃんと案内するんだぞ、シラ。」
「ええ。わかっています。」

 ガイはそれだけ言い残して、背を向けて去っていった。

「…シラ。」
「はい。」
「あたし、本当に逃げないからそんなに気を張らなくていいからね?」
「はい。ではまず、お風呂から案内しますね。着替えも勿論用意してありますので。」
「…ありがとう。でも、先に一つ、質問してもいい?」
「はい、なんなりと。」
「…どうしてここまでしてくれるの?あたしをどこかの牢屋とか、そういうところに入れておくのが筋じゃないの?」

 信じろ、と言った自分が言うのもなんだが、どうしても気にかかる。もちろん訊きたいことはこれだけではないけれど、こんなに普通の家をあてがわれ、おおよそ誘拐された人間に用意されるものとは思えないものばかりが当たり前のようにそこにある。

「…牢屋など、アスピリオにはありません。ですから、ジア様を捕縛しておく場所がないのです。」
「え…?」

 にわかには信じがたい話だ。ハルアトスにも牢屋はある。そこに入っている人はいないけれど。

「ジア様は、アスピリオを出ないうちは自由です。そもそもここを出ることは、あなたが普通の人間であればおそらくできないでしょう。周囲は木々で囲まれておりますし、今私達から見える範囲だけがアスピリオというわけでもありません。」
「…あたしは普通の人間には見えない?」
「今のところは半々、といった感じです。話せば長くなることばかりです。気になることは訊いていただいて構いませんが、今日はもう夜も遅いですし、寝支度をしましょう。ここの朝は早いのです。」

 質問は一つだけと自分で言ったからこそ、これ以上の質問はするべきではないと思った。ジアは口を閉じ、シラの説明に耳を傾けた。
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