恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
「そんな、見え透いた嘘――」
「……たとえ嘘だとしても、彼女にとってどっちが父親である方が幸せでしょうね? 沢野の妊娠のこと、琴子さんは知ってるんですか?」
「それは……っ」
急に視線を泳がせ、言葉の勢いを失った俊平を見て、桐人は安堵する。
俊平は琴子に弱い。それは前から知っていたのだから、もっと早くに名前を出せばよかった。
「琴子さんにきちんと話す覚悟があって、二人の女性に対してきちんと責任を取る自信もあるというなら、沢野に会わせないこともないですよ?」
この男に、そんな覚悟も自信があるわけない。
桐人はそれがわかっていたから、わざと優しい声色をつかって、そんな提案をしたのだ。
案の定、返す言葉を失った俊平は、そんな自分に落胆したように肩を落とすと、ぼそりと呟く。
「……今日のところは……出直します」
「ふーん……ま、いつでもお待ちしてますから」
たっぷりの皮肉を込めて桐人が言うと、俊平はいっそう元気をなくした様子で事務所の前から去っていく。
それを見ていると少しは桐人の心もスッとしたが、その程度ではおさまらないほどの、新たな怒りも生まれていた。
(沢野……つらいだろうな。あんな奴のせいで……)
さっき、俊平にぶつけた嘘がいっそ本当ならよかったのにと、桐人は思う。
そうすれば、意地でも自分が父親だと言い張って、彼女と子供を守るのに――。
俊平の姿が完全に見えなくなると、桐人はやり場のない憤りをなんとかしようと胸ポケットに触れる。
けれどそこには銀色のライターしか入っていなかった。