恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
「……だから外に出て来たんだったっけか」
つい十数分前に考えていたことも忘れるほど、あの男の登場に心を乱されていたらしい。
桐人はそんな自分に苦笑しながら、一番近いコンビニの方へ歩き出す。
するとその瞬間、「せーんせ」と呼ぶ聞き慣れた声に呼び止めらられた。
桐人は一度静かに目を閉じ、胸に甘い疼きを覚えながら、後ろを振り返る。
「煙草だったら、買ってきましたよ? あと、少し食糧も」
そこにはふわりと微笑む夏耶がいて、“少し”と言いながら、色々なものを買い込んだらしく、彼女の両手にぶら下がったコンビニ袋はどちらも重そうだった。
「……早かったな。貸して。上まで持って行く」
「あ、ひとつでいいですよ。こっち、パンとかばっかりだし」
夏耶がそう言っても、桐人は無理矢理彼女の手からふたつの袋を奪う。
その間中、ずっと険しい顔をしていた桐人を不思議に思った夏耶は、ビルの中で薄暗い階段を上る彼の後ろをついていきながら、こう尋ねる。
「……なにか難しい案件でも?」
「んー、そうだな……ちょっと、どうしたらいいのかわかんなくなっちゃった」
「珍しいですね、先生がそんな風に悩むなんて」
「自分でもそう思うよ……ホント」
女性の後ばかり追いかけ、悩みなど笑い飛ばして生きる軽薄男の相良桐人はいったいどこへ行ってしまったのだろう。
桐人は自分のことながら、そんな風に思って力なく笑う。
(ついでに、意気地なしだしな……)
夏耶とふたりきりの今なら妊娠の事実を確認できるチャンスなのに、言葉は喉の奥に引っかかってしまったように、なかなか出てこなかった。
結局大した会話もしないまま豪太のいる事務所に戻ると、桐人は頭を冷やす時間が欲しくて、夏耶の買ってきてくれた煙草を手に、再び外に出るのだった。