恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
12.Accident


それから俊平が事務所を訪れてくるようなことはなく、一見穏やかな日々が過ぎていた。

桐人は以前のように夏耶への想いが抑えられなくなることもなくなり、このまま上司として夏耶と接するのが、自分のためにも彼女のためにも一番いいのだろうと、時間が経つにつれ消極的になっていった。

夏耶は一時期に比べ大分回復してきたようだが、時おり表情に疲れが滲むことがあった。

そんなとき桐人は、上司と部下の垣根を超えない程度に、けれど彼なりに必死に、彼女を励まし、笑わせた。

まるで道化だ、と桐人は自分を嘲笑いつつも、夏耶に笑顔が戻るのはやはり彼にとって嬉しいことなのであった。







「もう一度、最後に確認ですけど……本当に、あなたは殺人など犯していないのですね?」

「はい……神に誓って」


六月に入ってすぐの、ある日のこと。

警察署の留置場で、桐人は殺人容疑で逮捕された男と面会していた。


「……わかりました。その言葉を信じます」

「お願いします、先生……」


面会室の透明なアクリル板の向こうにいるその男は、増本茂(ますもとしげる)、三十八歳。
妻を殺害した容疑で、ここに収容されている。

プロレスラーのような体つきに人相も悪い彼は、確かにパッと見て誤解されそうなタイプではあった。

しかし、さすがに警察も見た目で逮捕状は取れない。こちらに不利な証拠がいくつもあるだろう。

その対抗策を練るために、桐人は彼に話を聞きに来たのだった。



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