恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜


「……私には、妻を殺す理由なんてないんです」


増本が、心底疲れ果てたようにゆっくり首を振りながら言う。


「お子さんは?」

「いません。だからこそ二人、支え合いながら生きてきたつもりです」


大きな体を縮こまらせ、目に涙を浮かべる増本。

そういった演技で弁護士の同情を引こうとする犯罪者もいることは確かだが、増本の瞳は嘘をついているようには見えない。

桐人は彼の人格を冷静に分析しつつ、事件の本質に触れていく。


「なるほど。……事件当夜、奥様が殺害されたと思われる時刻、あなたは、何をされていましたか?」

「私はぐっすり眠っていたんです。疲れていたのか熟睡していたようで、寝ている間のことは全くわかりません。そして、朝起きてみると、妻が……」


彼の妻、多佳子(たかこ)はひも状のもので首を絞められて殺害されていた。

捜査の進行状況は桐人にはほとんどわからないが、署内の慌ただしさから察するに、凶器はまだ見つかっていないのだろう。


「……しかし、家の扉や窓の鍵は閉まっていた。そこをどうにかしないと、検察側の主張は崩せないでしょうね……」

「そ、そうですか……」


いわゆる、密室殺人。増本が逮捕されたのも、彼以外に現場となった部屋に入れた人間がいないからである。


「ま、これから実際に現場見に行ってきますよ。何か新しいことがわかれば、報告しに来ますから」

「よろしくお願いします……!」


深々と頭を下げた増本に別れを告げ、桐人は面会室をあとにする。

そして、署内の廊下を歩いていると、見知った顔の刑事がこちらに歩いてくるのが見えて、桐人は片手を上げた。



< 104 / 191 >

この作品をシェア

pagetop