恋愛渋滞 〜踏み出せないオトナたち〜
「……はい。どうした?」
『あ……先生、仕事中にゴメンナサイ。今、平気ですか?』
桐人は周囲をキョロキョロ見渡し、警察署の真ん前っていうのはあんまり居心地がよくないな、と大股でその場を離れつつ、スマホを握り直して夏耶に応える。
「ん。平気」
『あの……私、先生にずっと話したいことがあったんですけど、今まで、言う勇気がなくて……でも、そろそろ、話さなくちゃとも、思ってて……』
その心細げな夏耶の声で、桐人は彼女の“話したいこと”について大方見当がついた。
妊娠という事実は、いつまでも隠しておけるものではない。
それを明かして、今後の働き方などについて、相談したいのだろう。
「わかった。今外だからさ、事務所帰ったら、かけ直す――」
『いえ、私、今、事務所にいるんです。直接言いたいですし……豪太くんにも、話さなきゃいけないことだから……』
「そっか。……うん、じゃ、急いで帰るから」
ポン、とスマホの画面に触れ電話を切ったものの、桐人はしばらくその場に立ち止まって動けなかった。
夏耶の妊娠はとっくに知っていたこととはいえ、それを本人の口から聞いた時に、自分の心はどんな風に反応するのだろう。
それを思うと彼は怖気づいてしまい、急いで帰ると言ったはずなのに、事務所へ向かう足取りは重くなった。
そんな中、ふたたび桐人のスマホが鳴り、画面に表示された人物の名に首を傾げながら、彼は電話に出る。
「はい」
桐人が声を発するや否や、電話の向こうから聞こえてきたのは、すすり泣きのような声と、それから――
『相良、さん……たすけて……っ』
彼に助けを求める、切羽詰まった女の声だった。